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 日本経済の力強い回復を背景に,ITサービス業界が久しぶりの人不足に陥っている。特に顧客の引き合いが強く,大量の技術者の供給を求めているのが金融業界だ。

 既に,金融機関がソリューションプロバイダ(システム・インテグレータ)の優秀な技術者を囲い込む動きも始まっているという。特定の技術者を指名して,プロジェクトがまだ始まる前の仕事がない段階から,ソリューションプロバイダと技術者を派遣させる契約を結んでしまうのだ。技術者を少々遊ばせてでも「拘束」することで,他社のプロジェクトに奪われないようにする手法であり,「期間契約」とも呼ばれる。

 従来から,金融機関向けの大規模システム開発ではプロジェクトが収束した後も,バグ修正やトラブル対策に備えるべく,技術者を一定期間確保するための「期間契約」を結ぶことがしばしばあった。この契約が「金融不況を脱した今,久しぶりに技術者を囲い込む手段として復活した」(ソリューションプロバイダの担当部長)のだ。

業務知識を持つ上級SEが足りない

 日本銀行の短観を見ても,IT投資を回復させている金融機関の突出ぶりは際立っている。企業からの回答に基づく「ソフトウェア投資額」の対前年度伸び率を見ると,全産業平均で2005年度は7.6%増であるのに対して,金融機関は実に27.8%増という大幅な回復を見込んでいる(ともに2005年12月時点の計画値)。

 この傾向は,2006年度も続きそうだ。というのも,証券と銀行が戦略的なIT投資を引き続き増やしているところに,2006年1月に発足した三菱東京UFJ銀行の勘定系システムの完全統合プロジェクトが割って入るからである。同行は開発規模を公表していないが,関係者の話によると,2008年末の完了までに,累計で十数万人月の開発工数を要するという。3年弱のプロジェクト期間を通して,常時3000~6000人規模の技術者が必要になる計算だ。

 かつて,「第2次オンライン」「第3次オンライン」といった銀行業界の勘定系システムの刷新プロジェクトでも,深刻な技術者不足はあった。記者は当時を取材したことがないが,「プログラマなどは後からなんとか教育するから,と言って各社が確保に動いたくらい,人が足りなかった」と,あるソフト開発会社の社長は当時を述懐する。

 最近の技術者不足は,ここまでひどくはない。ただし,「金融の業務知識に長け,顧客からの要求抽出や要件定義ができる上級SEが特に不足している」(日本ユニシスの松森正憲常務執行役員)だけに,替わりとなる人がいないのが痛い。顧客が指名で囲いたがるのも,こうした上級SEが多いという。

SE単価のデフレは止まっても…

 しかし,こうした久しぶりの繁忙期にもかかわらず,ソリューションプロバイダの金融事業の担当部長などに話をうかがうと,浮かれている様子はほとんどない。それは,今回の金融好況が,ITサービス業界に必ずしもハッピーな将来を約束してはいないからであろう。

 記者がそう考える理由は3つある。

 第1の理由は,ITサービス業が人材獲得に窮しており,顧客の需要に応えられない,という点だ。カテナの永松憲一執行役員専務は「人を急に増やせない以上,10%を超える成長は難しい」とため息をつく。

 第2の理由は,料金デフレこそ止まったものの,どうやらデフレが続いたSE料金の反転上昇は難しい状況だからだ。

 これだけ人の需給がひっ迫しているのだから,ITサービス企業が「より単価の高い仕事を選別する」「特定のSEを確保したがっている顧客に,他社を上回る料金が必要,と訴える」(関係者)といった方向に動けば,市場原理が働き,相場は上昇に転ずるはずだ。この辺の事情は,『日経ソリューションビジネス』3月15日号の特集記事で詳しく紹介しているが,それでもITサービス業界は長期的関係を重んじ,顧客の仕事をなかなか断れない。このため,SE料金に市場原理が働かず,料金上昇が実現しないのだ。

 第3の理由は,金融機関,特に大手の銀行や証券会社からの需要が急増している仕事の相当部分が,技術者派遣型のITサービスであることだ。技術者が顧客に出向き,顧客のシステム担当者の指揮命令に従って開発業務をこなすもので,売上高は提供した人月で決まる。

 勘定系システムの開発が典型例だが,こうした派遣型のITサービスは,プロジェクトが収束すれば「技術者の需要と,翌年の売上高が急速に萎む,虚しいスポット業務」(あるソフトハウスの社長)である。実際に,2002年ごろに相次いだメガバンク同士の合併への対応では,技術者を大量にかき集めたものの,その後の金融不況で需要がぱたりと止み,手痛い失敗を経験したソリューションプロバイダもある。

 この,「SE単価が上昇には転じない」「プロジェクト後の反動が大きい,技術者派遣型のITサービスが需要の中心」という第2,第3の理由が,さらに金融向けSEの人不足に拍車をかけている。ITサービス企業にとって,人材を金融事業部門にシフトさせるといった,積極的に技術者の増員を図るインセンティブが働かないからだ。

金融を舞台に,「人月」と決別目指す

 金融向けの派遣型ITサービスはかつては業界のドル箱だった。金融機関が支払うSE単価が他業界の水準を大きく凌いでいた上に,対価は人月で支払われるので,仮に開発期間が延びてもITサービス企業はコスト面のリスクを負う必要がないからだ。その点が魅力となり,勘定系システムの開発では技術者の大規模な動員力を発揮した。

 しかし,金融不況を経てSE料金が下がり続けたことで,金融向けの派遣型ITサービスは,「顧客の需要変動に大きく左右される」「利益率が低い」といったマイナス面ばかりが目立つようになってしまった。

 そこでソリューションプロバイダは,顧客との料金交渉よりも,ビジネスのあり方や顧客との関係を変える方向に力を注ぎ始めた。提供した技術者の人月で対価が決まる派遣型ITサービスから,緩やかに決別する方向に動き出したのだ。目指すのは,成果物に対して顧客と対価を取り決める「一括請負型」のITサービスである。

 大手メーカーで,脱「人月ビジネス」に動き出したのが富士通だ。2005年6月に,多数の協力会社を従え,大手金融機関から一括請負型でシステム構築を受注するための体制を発足させた。協力会社の上級SEには,仕事のあるなしに関らず年間契約で対価を支払う。その代わりに,協力会社には「証券業務系」「国際業務系」など,得意分野に特化して,スキルを蓄積してもらう。

 富士通は収益の分配方法にも工夫を凝らした。顧客との間では,人月ではなく成果物(開発したシステム)に対価を支払ってもらう,という契約を結ぶわけだが,そのサブモジュールを開発した協力会社に対しては,やはり各モジュールごとに決まった対価を支払う。その上で実績のあるツールを提供するなど,開発生産性を高める支援をする。

 分野を特化したり,ツールを活用したりして,生産性を高められれば,利幅が増える。増えた利幅は,原則として協力会社の収益になる。ただし,年間契約を結ぶ上級SEについては,その業務の性格上,顧客への請求も,協力会社への支払いも,原則人月ベースである。いずれにせよ,この新しい受注形態の方が,富士通にとっても従来の人月ベースのビジネスより,収益率を高める余地があるという。

 問題は,顧客がこの取引形態に理解を示してくれるかどうか,ということだ。富士通 金融ソリューション企画部の若林部長は「顧客には,この取引形態のメリットをしつこく説明し,説得を続けている」といい,相当の覚悟で取り組んでいる。既にメガバンクの勘定系システムの一部で,受注実績も作ったという。富士通以外にも多くのソリューションプロバイダも,こうした一括請負型のITサービスを拡大させ,派遣型サービスの緩やかな縮小を図っているところだ。

 顧客の中には「ブラックボックスを嫌がるシステム担当者は根強くいる」(あるメガバンクの関係者)のも事実だ。一方で「受注金額を確定できる」「成果物の部品化や業務ノウハウの蓄積で,より安価にシステムが構築できる」といったメリットを評価する意見も増えつつある。

 何よりこれだけの人不足だ。この悩ましい状況を緩和するために,金融機関側もITサービス業界に歩み寄りを迫られる公算は高い。「人月」ベースのIT取引が根強く残っていた金融業界で,本当に「成果物」をベースにした取引が拡大する機会にできるのか。ITサービス業界の挑戦に注目したい。