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次々と情報が得られる感覚は,従来の通信サービスと一線を画する
次々と情報が得られる感覚は,従来の通信サービスと一線を画する
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 4月1日,移動体向け地上デジタル放送「ワンセグ」の本サービスがついに始まった。個人的にも昨年12月にワンセグ対応携帯電話のau「W33SA」を購入。それ以来,端末を肌身離さず持ち歩き,ワンセグの立ち上がりをリアルタイムで見続けてきた。

 日本テレビ放送網 メディア戦略局メディア事業部の佐野徹氏は,ワンセグを「テレビとモバイル業界のラブストーリー」と称する。ワンセグという一つの端末の中で,キープレーヤーであるテレビ局と携帯電話事業者が恋に落ちる——,そんなロマンチックなフレーズが頭に思い浮かぶが,実際はまだ恋の芽生えが見えてきたところというのが,両者を取材した筆者の感想だ。言えることは,両者が本当に恋に落ちてハッピーエンドを迎えなければ,ワンセグの普及はままらない,ということであろう。

ワンセグはユーザーにとって最高のサービス

 一ユーザーの立場から言えば,ワンセグは最高のサービスである。携帯電話に次々と加わるカメラ,ゲーム,FeliCaなどの機能とは比べものにならないほど,「あって良かった」という気にさせれくれる。

 まず驚かされたのは予想以上の画質である。番組に挿入されるスーパーの文字もくっきりと見え,音もノイズが皆無で聞きやすい。これまでアナログテレビ・チューナーを載せたモバイル端末にいくつか触れてきたが,全く使い物にならなかった。持ち運びながら使うと映像はノイズだらけで,番組を楽しむどころではなかったからだ。

 ワンセグでは,テレビ番組はもちろん,データ放送画面からチェックできるニュースや天気も便利だ。放送波に乗ってプッシュで送られてくるため,ボタンを押さなくてもどんどん情報が更新される。この感覚は,従来の通信サービスとは一線を画する。

 そしてこれらのサービスがすべて無料で楽しめるのだ。ワンセグを購入してから,テレビ番組を頻繁に見るようになったが,携帯電話上のほかのコンテンツと比べると,テレビ番組の面白さ,クオリティの高さは段違い。こんなありがたいサービスは他にはない。

実は見切り発車同然

 このようにワンセグは,ユーザーにとっては最高のサービスだが,現段階では事業者にとって悩み多きサービスでもある。今のところワンセグには,収益を上げる有効なビジネスモデルがなく,見切り発車の感が強いからだ。

 ワンセグではテレビ局が番組を用意し,主に携帯電話事業者が端末を提供する。特に苦しい立場にあるのは携帯電話事業者だ。ワンセグはあくまでテレビ局が起点となって提供するサービスであり,携帯電話事業者が踏み込んでコンテンツを作ることが難しい。しかも,ユーザーが携帯電話を利用する時間のうち,今後はワンセグの視聴時間が増えて,収益の源である肝心の通信時間が減る恐れがある。

 こうしたデメリットが目立つにもかかわらず,携帯電話事業者がワンセグ機能付きの携帯電話を出すのは,幅広い世代に訴える力を持ったテレビ番組と通信サービスを連携することで,将来的には新しいビジネスに結びつけられると考えているからだ。

 例えばある携帯電話事業者は,「これまでデータ通信をあまり使っていなかった層を取り込むことで,データ通信の底上げ効果を狙いたい」と語る。しかし,これはあくまで短期的な考えだろう。というのも,既にデータ通信定額制の時代を迎えているからだ。最終的には通販サービスなどに結びつけたい,というのがワンセグに取り組む携帯電話事業者の本音であろう。

 そのためにはテレビ局の番組と密接に連携したデータ放送のコンテンツ作りが必要になるが,その取り組みは遅々として進んでいない。

 実はテレビ局もワンセグに対して難しい立場にある。ワンセグ上で視聴率を取る手法が確立されていないため,民放の収入源である広告ビジネスに直接寄与しないからだ。テレビ局にとってもワンセグは手探り状態なのである。

 特に2008年秋までは,ワンセグは補完放送としての位置付けであり,据え置きのテレビと同じ番組内容が義務付けられている。テレビ局関係者は「いずれはワンセグを広告ビジネスに結びつけたいが,補完放送のままでは限界がある」と口をそろえる。さらに言えば,広告モデルを成立させるためには端末の出荷台数は1000万の大台を超えなければ難しい。「まずはビジネス云々よりも,ユーザーのテレビ視聴機会をワンセグで増やしていきたい」というのが,テレビ局の共通したスタンスである。

これまでのテレビとは根本的に違う

 テレビ局にとっては「携帯電話事業者にもっと端末を出してほしい」というのが本心だし,携帯電話事業者にとっては「テレビ局と一緒にもっと多くのコンテンツを作りたい」というのが本心である。両者が探り合いを続けているため,硬直状態に陥っている,というのが現在の状況だ。

 その背後には,テレビ局と携帯電話事業者の間に横たわる文化の違いがある。これまでテレビ局は,魅力的なコンテンツさえ作っていればよかった。受信端末はメーカーが用意し,利用者はそれを購入していたからだ。

 だがワンセグはその枠組みとは根本的に異なる。携帯電話事業者が端末を用意し,テレビ局は携帯電話という“借家”の上でサービスを展開する。つまり,テレビ局はコンテンツを,携帯電話事業者のサービスの一部として提供しなければならない。当然,両者の協調がなければ,普及はままならない。これまでのテレビと同じ枠組みで考えること自体が,普及の足かせにつながるのである。

 ある携帯電話事業者は,「テレビ局はこのような違いを頭で理解していても,体では分かっていないのではないか」と指摘する。「ワンセグでどこにいてもテレビを見るという文化を根付かせたい」とするテレビ局の言葉には,確かにワンセグの特異な構図に対する深い理解は見られない。つい,これまでのテレビの延長としてワンセグを捉えてしまう,テレビ局の胸の内を露呈しているかのようだ。

 携帯電話事業者は「テレビ局とは時間感覚が違う」ことも盛んに訴える。半年先のことすら分からない通信業界と,50年以上にわたって同じ枠組みが続く放送業界とでは,時間の流れに決定的な違いがあるのだ。端末を既に出荷している携帯電話事業者は,悠長なことは言ってられない状況にある。

性格の不一致を乗り越えて,恋を実らせられるか

 最初に挙げた「ラブストーリー」という例えは,別の意味でも言い得て妙だ。テレビ局と携帯電話事業者という生まれも異なれば性格も違う両者の“恋の行方”には,それこそ山あり谷ありのドラマがあって当然のように思えるからである。

 ワンセグに対するテレビ局と携帯電話事業者の最終的な狙いは,決してバッティングしない。テレビ局は「ワンセグの影響力を強めて,最終的にテレビ局の本丸である広告ビジネスにつなげたい」というのが本音。一方の携帯電話事業者は,決済代行サービスなど携帯電話の機能と結びつけたビジネスを目指す。両者がWin-Winの関係を築くことは決して難しいことではない。相思相愛の関係にだってなれるはずだ。

 現状を打破して恋を実らせるためにも,お互いがもっと譲歩して本格的な普及に向けた道筋を付けてほしい。既にワンセグの正式放送が始まっているにもかかわらず,テレビ局と携帯電話事業者の間での話し合いは十分ではない。お互いの理解を深めることが幸せな未来の第一歩となるのは,まさに恋愛と同じだろう。そして両者のハッピーエンドを心待ちにしているユーザーがたくさんいることを,テレビ局と携帯電話事業者には忘れないでいてほしい。