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 先日,久しぶりに言語工学研究所の国分芳宏社長を訪ねる機会があった。国分氏は今から23年前の1983年に発売された日本語ワープロソフト「松」(管理工学研究所)を開発したプログラマだ。

 「松」は12万8000円という価格にもかからわず大ヒットとなった製品。当時の“標準パソコン”だったNECのPC-9801が備える「128Kバイト」という小さなメモリー空間で,文書作成からかな漢字変換の機能までを実現し,しかも非常に高速で使い勝手が良いということで一世を風靡(ふうび)した。

 その後国分氏は,1985年に同社をスピンアウトして「言語工学研究所」を設立。それ以来20年以上にわたり,かな漢字変換ソフトの開発からスタートして,日本語のテキスト音声変換,全文検索,形態素解析,シソーラスの開発などを続け,63歳になった今でも“日本語”にこだわり続けている根っからのプログラマだ。取材に行くと,いつもお茶ではなくビールが出てくるのはご愛敬だ。

 久々に会った国分氏は「こんなに歳を取っちゃったけどさぁ,まだプログラミングをやっているんだ」と,ビール片手に笑いながら,「シソーラス」や「オントロジー」について語り始めた。そしてその姿が,私がまだ駆け出し記者だった20年前に初めて会ったときの「かな漢字変換」を熱く語っていた姿とだぶって見えたのがとても印象的だった。

もはや“水”や“空気”のような存在になったかな漢字変換ソフト

 20年前に国分氏が熱く技術を語っていた「かな漢字変換ソフト(日本語入力ソフト)」は,今や“水”や“空気”のような存在になったと言ってよいだろう。今ではWindowsやOfficeにマイクロソフトの「MS-IME」が搭載されており,変換効率や操作性も十分なものを備えている。もちろん“水にこだわる”人が多いように,「自分は絶対ATOKがいい!」という人もたくさんいるが,かな漢字変換ソフトのパッケージ市場は非常に小さくなり,かな漢字変換ソフトの存在自体をユーザーが意識することもほとんどなくなってしまった。

 1985年から90年代の初めにかけてのMS-DOS全盛期には,「ATOK」(ジャストシステム),「VJE」(バックス),「松茸」(管理工学研究所),「WX」(エー・アイ・ソフト),「EGBridge」(エルゴソフト),「FIXER」(シティソフト),「DFJ」(デービーソフト),「E1」(イースト),「NEC AIかな漢字変換」(NEC),「OAK」(富士通),「Katana」(サムシンググッド),「MGR」(リード・レックス)など,数多くのかな漢字変換ソフトが変換効率や使い勝手を競い合っていた(読者の皆さんはこのうちいくつを覚えていますか?)。MS-DOSのメモリー容量の制限と戦い続けながら,用例辞書を使った意味解析などによって変換効率を着実に向上させていった。

 しかしそんな時代は,Windows時代への移行のなかで過去のものとなってしまった。マイクロソフトがWindowsやOfficeで「MS-IME」を標準搭載してからは,徐々にMS-IMEがシェアを拡大し,それは日本語ワープロで「Word」がシェアを拡大するなかで決定的なものとなった。やがてユーザーやメディアのかな漢字変換ソフトへの関心は薄れていった。

“かな漢字変換ソフトの20年間”は貴重な財産

 “日用品”となったかな漢字変換ソフトは,表舞台からは去っていったが,その開発の過程で培われた言語処理技術や,長年にわたって蓄積された辞書の技術は,今でも綿々と生き続けている。

 ジャストシステムはATOKの開発で培った日本語処理技術を活かして情報検索ソフト「ConceptBase」に注力し,また予測変換機能など携帯電話に特化したATOKにも力を入れている。かつてATOKとともにかな漢字変換ソフトのパイオニア的存在であった「VJE」を開発したバックスは,今ではヤフーの傘下に入っている。具体的にヤフーがバックスの日本語処理技術をどう使っていくのかは分からないが,検索はもちろんのこと,今後のネット上でのさまざまなサービスに生かしていくと予想される。

 これからは,ネットワーク上にある膨大な情報からより適切なもの“意味”にまで踏み込んで探し出す検索技術や,テキストデータから肉声に近い形で音声を読み上げるテキスト音声変換などでも,かな漢字変換ソフトで培われてきた日本語処理技術や辞書の蓄積が生きてくる。20年以上前のパソコン黎明期に小さなソフトハウスが手探りで開発を始め,パート従業員の力も借りて手作業で地道に辞書を拡充していった……。

 そんな“かな漢字変換ソフトの20年間”は,日本のソフトウエア業界が誇れる,大きな財産であると言えるだろう。