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 読者の皆さんは「SaaS(Software as a Service)」という言葉をご存知だろうか?「サービスとしてのソフトウエア」という意味で,具体的にはインターネット経由のサービスとしてソフトウエアを提供する形態のことだ(SaaSに関する最新動向・詳細情報については特番サイトSaas & Enterprise2.0を参照のこと)。

 こういうと「ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)サービスといっしょじゃないか」と思われる方も多いだろう。

 記者自身も,米ネットスイートの記者会見でCEO(最高経営責任者)のザック・ネルソン氏がSaaSという言葉を使っているのを聞いたときは「SaaS=ASPサービス」だと思い,記事にもそう書いた。ネットスイートは米オラクル創業者のラリー・エリソン氏が出資するSaaSベンダーであり,CRM(カスタマ・リレーションシップ・マネジメント)やERP(統合業務パッケージ)の機能をインターネット経由で提供している。

 先日出席したSAPジャパンの「SAP CRM On-Demand」発表の記者会見(4月25日)でも,SaaSという言葉は説明無しで当たり前のように使われていた。「SAP CRM On-Demand」は,SAPのCRMパッケージ「mySAP CRM」の機能をインターネット経由で提供するサービスであり,業務パッケージ最大手のSAPがネット経由で機能提供する初めての製品となる。

 この2つの記者会見に出席した後でも,記者は「SaaSという呼び名は『以前のASPサービスとは別物ですよ』というベンダー側のメッセージが込められているだけの『バズワード』だろう」と考えていた。ASPサービスは日本でも2000年前後に話題になったことがあるが,一部の業務を除いて期待ほどは普及しなかった。SaaSという新しい呼び名には,ASPサービスにまつわる,こうした過去のイメージを払拭する狙いもあるのではないだろうか,と。

 ところが取材を進めると,SaaSとASPサービスには,単にイメージだけではない違いがあることが分かってきた。

 SAPジャパンの記者会見の後,連休直前の4月28日,SaaSの代表的ベンダーである米セールスフォース・ドットコムの上級副社長であり,日本法人社長の宇陀栄次氏を取材する機会が得られた。取材目的は「SAP CRM On-Demand」発表の記者会見で感じたSaaSについての疑問を,代表的なSaaSベンダーであるセールスフォース・ドットコムに問い質すことである。セールスフォース・ドットコムのCRM(顧客管理)ソフト「Salesforce」は,全世界2万社以上の企業がSaaSとして利用している。

 宇陀社長によると,SaaSと2000年当時のASPサービスの間には,まず「ネットワーク・コスト」の点で大きな違いがあるという。「当時はアプリケーションのコストよりも,ネット経由でアプリケーションを利用するための通信費の方が高くついていた」(宇陀社長)。それが,この5年余りの間に月額数千円も出せば最大100Mビット/秒のブロードバンド回線が利用できるようになった。結果として,SaaSが現実的な利用形態として浮上してきたのだ。

 ベンダーのシステム形態も,2000年当時とは異なる。当時のASPサービスでは,ユーザーごとに物理的なサーバー環境を用意するシングルテナント型が主流だった。それが現在では,物理的に同じサーバー群を複数ユーザーで共有するマルチテナント型が主流になりつつある。マルチテナント型では仮想化技術を使って,負荷のピークに合わせてサーバーの各種資源をユーザーへ動的に割り振る。このため十分なスケールメリットさえ得られれば,余分なハードウエアを用意する必要が無く,より低価格でサービスを提供できる。すべてのユーザーが同一のサーバー環境を利用するため,個別に環境を用意するシングルテナント型に比べて,短期間での導入が可能になるというメリットもある。

 マルチテナント型ではユーザーが同一のサーバー環境を利用するため,カスタマイズが難しそうに思える。しかし,セールスフォース・ドットコムのSalesforceを含むSaaSの多くは,ユーザーごとに個別情報を設定することで,ユーザー・インタフェースやデータベースのフィールドを自由に修正できる。WebサービスのAPIも公開しており,ユーザーはWebサービス経由で外部アプリケーションとSaaSの連携を実現できる。

 いいこと尽くめのようだが,もちろんベンダーによって,SaaSに対する温度差はある。例えば,SAPジャパンの三村真宗バイスプレジデント ストラテジックソリューション事業本部長は「SAP CRM On-Demand」発表の記者会見で,「(企業内でシステムを構築・運用する)インハウス型とSaaS型のソフトウエアは適材適所で使い分ける時代になった」と前置きした上で,SaaSについていくつかの課題を指摘していた。

 その1つは,マルチテナント型での安定稼働だ。同一のハードウエアを複数ユーザーが共有するマルチテナント型では,「複数ユーザーで負荷のピークが重なったり,あるユーザーでシステムトラブルが発生すると,処理性能に影響が出る可能性がある」(三村バイスプレジデント)。このためSAPジャパンのSAP CRM On-Demandでは,ソフトウエアのマスター情報だけを共通化して,ハードウエアはユーザー別に用意する「分離テナント型」を採用する。その代わり,対象ユーザー企業はハードウエアを専有するだけの利用規模が見込める「従業員数500人以上」の中堅企業や大企業を想定している。

 SaaSと外部アプリケーションの連携についても,「CSV形式のデータ交換のような単純なものなら大丈夫だろうが,リアルタイムのプロセス連携までは難しいのではないか」(三村バイスプレジデント)と疑問を呈する。例えば,SaaSのSFA(営業支援システム)で,在庫管理システムと連携した在庫引き当てを実現しようとすると,障害発生時のロールバックまで含めて,システムを作り込む必要が出てくる。現実問題として,そこまで複雑な業務をシステム化するのであれば「ユーザーはインハウスのシステム構築を選ぶのではないか」(同)。コストについても「長期間の利用を考えると,インハウスの方がライセンスが安価になる」(同)と指摘する。このためSAPジャパンでは,「SAP CRM On-Demand」を継続的に利用するユーザーを,インハウスで実現できないような高可用性を望むユーザーなどに限定されると想定している。

 マルチテナント型の安定稼働についての指摘に対し,セールスフォース・ドットコムの宇陀社長は,「ユーザー数が十分に多ければ,負荷のピークが分散するため,むしろマルチテナント型の方が安定稼働する」と反論する。SaaSと外部アプリケーションのプロセス連携についても「すでに多くの実例が登場している」(同)と,Salesforceでの実績を強調する。

 コストについては,宇陀社長も財務会計のようなバックオフィスのシステムを長期間使用する場合は,インハウスが有利になることを認める。しかし「CRMのようなフロントオフィスのシステムは,1年か2年で機能を更新していく。サーバーの法定耐用年数が5年という現在の税制を考えると,システムを抱え込まず,常に最新の機能を利用できるSaaSの優位は動かない」と断言する。

 両者の主張のどちらが正しいのかは,ASPサービス改めSaaSの今後の動向をウォッチすることで判断していきたい。

 ただ,どちらが正しいにせよ,現在のSaaSと2000年前後のASPサービスの間には確かに違いがある。その違いを表現するために新しい名前を採用することは,(IT業界でおなじみの)バズワードを増やすことにはならないだろう。

■変更履歴
 誤植2カ所を訂正しました。[2006/05/11 10:20]

 第一段落に(SaaSに関する最新動向・詳細情報については特番サイト「Saas & Enterprise2.0」を参照のこと)を追記しました。[2007/04/04 07:15]