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 ブロードバンド回線で地上デジタル放送をテレビに映す−−。IPマルチキャスト技術を使ってテレビ受像機向けに映像を配信する「IP放送」に,著作権処理の簡素化が一部認められる見通しとなった。これで,現在のIP放送では実現していない地上デジタル放送の配信が可能になるという期待が高まっている。

 だが,当事者であるIP放送サービス事業者らの表情は複雑だ。あるIP放送事業者は「期待した内容からはほど遠い。これまで同様,ケーブルテレビ(CATV)とは別扱いであることには変わりない」と不満を漏らす。

 著作権法の見直しを検討している文化庁の文化審議会著作権分科会の小委員会は6月6日に,IPマルチキャスト技術を使う放送サービスに対し,「『放送を同時再送信』する場合に限って,CATVと同等の条件での著作権処理を認める」とする報告書案を公表した。これまで必要とされていた,番組の出演者などすべての著作権者に事前の許諾を得るといった煩雑な手続きを省いて,番組放送後に出演者などに一定の報酬を支払う方式が認められることになった。

 今後,既存の放送局がIP放送事業者に再送信を行うことを同意すれば,簡素な手続きで放送番組をIP技術により送れるようになる。委員会は8月にも正式な報告書を作成し,早ければ今秋頃に著作権法の改正が実施される見通しだ。

IP放送にはCATVと同等の条件が与えられない

 ただし今回示された案では,IP放送にこれまで以上の有利な条件を与えるものの,CATVなどの有線放送と完全に同等の条件を整備するまでには至らなかった。「地上デジタル放送の普及にIP放送も活用する,という国策の実行に最低限必要な部分が認められたに過ぎない」と,あるIP放送事業者は口惜しげに語る。

 報告書案では,IP放送がCATVと同等の扱いを受けるのは,「電波で受信した放送を同時再送信する場合」に限っている。これは主に,地上デジタル放送を再送信することを想定したもので,放送波の届かない難視聴地域の対策としてIP放送を活用するための措置である。

 さらに再送信の対象は,地上デジタル放送に限らず,BS放送やCS放送も含む「放送全般」という表現とした。IP放送事業者がCS放送受信設備を設置すれば,邦画専門チャンネルや,国内ドラマの再放送中心のチャンネルといった,現時点では未対応の番組を再送信することも認めた内容だ。これを活用すれば,CATVやCS放送並みのチャンネル数を揃えた放送サービスが提供可能になる。

 しかし記者には,ここに大きな落とし穴があるように見える。報告書案では,再送信以外の放送をIP放送事業者が手がける場合は「自主放送」として区別し,当面は著作権者や出演者などに許諾を得なければならないとした。例えば,CS放送用の番組を,番組供給会社から通信回線経由で送信してもらっている場合は,衛星アンテナで受信する場合とサービス内容は同じでも「自主放送」として扱われる。

 一方,ほとんどのIP放送事業者は現在,番組供給会社から通信回線で番組を送信してもらっている。衛星アンテナで受信するよりも,映像品質が安定するからだ。「実務上,衛星アンテナによる受信でサービス品質を高く保つのは難しい」(IP放送事業者)という。記者から見ると,文化庁は再送信によってチャンネル数を拡大するチャンスは見せたものの,実質的には導入に踏み切れるかどうかも危うい条件しか提示しなかったと言える。

著作権者への配慮がIP放送に足かせ

 さらに報告書案では,基本的なサービス分類において,IP放送を既存の放送と同等とは認めなかった。具体的には,IP放送はCATVと同じ「有線放送」ではなく,ユーザーの希望に応じて自動的に映像を送信する「自動公衆送信」だとする従来の判断を据え置くことにした。自動公衆送信とは,ビデオ・オンデマンド(VOD)や,パソコンで視聴するインターネットのストリーム映像配信などと同種類のサービスという分類である。

 この自動公衆送信には,有線放送に認められている著作隣接権による保護や,制作過程の著作物を一時的に録画しておくといった権利が与えられていない。このためにIP放送事業者は,放送法で課せられている番組保存の義務を果たすために,著作権者から複製権についても許諾を得るといった,CATV事業者には必要のない余計な手続きを行っている。

 こうした不便を解消することも狙って,IP放送事業者は「CATVと完全に同等の取り扱いをして欲しい」と主張を続けてきた。だが,文化庁は「解釈の変更は,著作権者に認められてきた権利を縮小することになり,継続して慎重に議論する必要がある」という見解を崩さなかった。

 このように文化庁は,IP放送に今までより有利な条件を与えつつも,CATVと同等の扱いをする範囲を最低限に止め,権利の縮小に反発する著作権者に対する配慮を見せた。IP放送事業者らは,この玉虫色の方針に対して反発を開始した。

 NTT,KDDI,ソフトバンクの3大通信グループは歩調を揃え,連名で反論を展開する。「自主放送についてもCATVと同等の権利が得られなければ,競争上の不利は改善されない。継続的な経営基盤が築けないことで,地上デジタル放送の難視聴対策にも協力できないことになりかねない」という内容の意見書を,文化庁に提出したようだ。これを受けて,IP放送の監督官庁である総務省も今後の政策調整に巻き込まれることになりそうだ。