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写真1●新人研修での最終発表会の様子を再現してくれた,今年春にトヨタグループに入社したばかりの新入社員の2人 [画像のクリックで拡大表示]

 朝から晩までトヨタ生産方式にどっぷり浸かる1カ月半---。これが,この春トヨタグループに入社したばかりの新入社員の新人研修メニューである。筆者は特集の一環として,この研修の詳細な内容を取材する機会を得たので,紹介したい。

 取材に協力していただいたのは,豊田自動織機の物流子会社であるアドバンスト・ロジスティックス・ソリューションズ(ALSO,名古屋市)に今年4月に入社した9人の新入社員のうちの2人。真新しいスーツに身を包んだ稲垣誠氏と鈴木宏和氏である。

 5月19日にALSO社内で実施された研修日最後の発表会の内容を,2人に改めて再現してもらった。記者を目の前にして最初は緊張気味だった2人も,いざ始まると,実際の発表会の時のことを思い出したかのように,詳しく中身を説明してくれた。

 2人が入社したALSOは,豊田自動織機が運営を請け負う企業の物流センターの実働部隊だ。豊田自動織機の主力事業である自動車部品やフォークリフトなどの産業車両,繊維機械を製造する部門ではないが,新人たちは春からトヨタグループの一員になった以上,今後の配属先に関係なく,まず最初にグループの基本思想であり,共通言語でもある「トヨタ生産方式」の“いろは”を実体験を通して学ぶ。

 ALSOは日々の物流センターの作業改善に,トヨタ生産方式の手法を適用している。自動車工場でも物流センターでも,トヨタ生産方式の考え方はそのまま使えるからだ。今後物流センターで働くことになる新人にとって,この研修は改善の基本能力を身に付ける場でもある。

 2人の発表内容を紹介する前に,この春実施された1カ月半に及ぶ研修のスケジュールを振り返っておこう。4月3日の午前中に入社式を終えた9人の新人たちは,早速午後から研修に参加している。ALSOにはトヨタ生産方式を体得するための「道場」があるが,その道場長である大ベテランの原田昌彦シニアアドバイザーが,最初は新人たちに工場やセンターのビデオを見せてトヨタ生産方式を教える。

 4月7日から大型連休前までは,午前中は主に座学でトヨタ生産方式の基本である「かんばん」「異常の検知とアンドン」「物流・運搬」「物と情報の流れ」「標準作業」「少人化」「品質管理とその道具」などを学ぶ。午後には実際の工場に移動して「現地現物」で実際の作業測定や改善活動,データ整理などを体得する。とにかく中身の濃い1カ月間だ。

連休明けに泊り込みで現場研修

 この1カ月間の学習の成果が試されるのが,ゴールデンウイーク明けに用意された泊り込みでのセンター研修である。5月9~11日に実施された2泊3日の実地研修では,実際に稼働している物流センターで問題点を探し出し,改善提案を出さなければならない。まさに「実戦」そのものだ。

写真2●「物と情報の流れ図」を作成して物流センターの無駄を見つけ出したアドバンスト・ロジスティックス・ソリューションズ(ALSO)の新入社員である稲垣誠氏 [画像のクリックで拡大表示]

 稲垣氏と鈴木氏は大手コンビニエンスストアが実際に利用している物流センターに入り,4月に教わったトヨタ生産方式の基本に従ってセンターでの無駄探しに取りかかった。ここでは新人たちに1人30件の改善提案の提出をノルマに課し,最終的にはセンターの作業工数を1人分削減するためのアイデアを考え出させる。センターでの研修から戻ると,それから約1週間かけて結果をまとめ,幹部を前にした5月19日の最後の発表会に臨む。

 稲垣氏が取り組んだのは,センター内での物と情報の「停滞」を見つけ出すことだった。停滞している部分が見つかれば,そこから改善の糸口を発見できる可能性は高い。4月からの研修で学んだ通り,センター内の「物と情報の流れ図」を作成し,一目で物と情報の停滞が分かるようにした。その資料の出来栄えは,2カ月前に入社したばかりの新人が作ったものとは思えない詳細な内容になっている。

 稲垣氏が最も苦労したのは「物はセンターに行けば実際に見ることができるが,情報は現場でも見えにくいので,流れ図にまとめるのが難しかったこと」と打ち明ける。作業中の人に聞かなければ分からない場面もあった。ただし裏を返せば,現場で見えにくかった情報を見えるようにできれば,改善のヒントにつながるかもしれない。「センターに入ってみて,現地現物での確認がいかに大切か,よく分かった」(稲垣氏)

 一方,鈴木氏は作業員の作業項目を細かく分解して無駄を見つけ出し「標準作業」を見直すところから始めた。まずはストップウォッチを片手に,特定の作業員に1日中ずっと張り付いて,その人の作業内容と所要時間を秒単位で紙に記録していく。作業員に嫌な顔をされても,トイレやタバコの時間まで後を追いかけて行き,その時間を書き留めていった。

写真3●物流センターで働く作業員の作業項目を細かく分解し,作業内容と時間を積み上げていきながら無駄を探す「山積み表」を作成したALSOの新入社員である鈴木宏和氏 [画像のクリックで拡大表示] 写真4●新人の2人が,物流センターでの2泊3日の泊り込み研修の内容をまとめた分厚い資料 [画像のクリックで拡大表示]

 こうして作業員の1日の行動を10種類ほどの動きに分解。それぞれにかけた時間を集計して,全体の時間を積み上げていく。このように作業内容とその合計時間を積み上げて整理したものが「山積み表」と呼ばれるものだ。これを見れば,作業員1人当たりにどれだけ無駄な時間があり,最終的に1人分の作業工数を削減するにはどこを無くせばよいかが見えてくる。

 2人の発表を見ていると,彼らが2カ月前まで学生だったことが信じられない気になった。それほど見事なプレゼンテーションだったのである。特に,2人が寝る間を惜しんで作成したプレゼンテーション資料は,新入社員が作ったものとは思えない充実した内容になっている。壁に張られた資料には,随所にトヨタのノウハウが見て取れる。これが研修での学習効果だろう。

 豊田自動織機がこの1カ月半の研修メニューをパッケージにして,トヨタに学びたいと切望する企業に外販すれば,それだけで十分ビジネスが成立するのではないか。そう思えたほど,彼らの発表の出来には目を見張るものがあり,かつ説得力があった。

 現地現物できちんと数字を積み上げ,物と情報の流れをしっかり押さえているから,発表を聞いているほうにも納得感がある。そこには現地現物で捕らえた「事実」が提示されているのだ。トヨタ生産方式の基本を学ぶことの効果の大きさに感心すると同時に,若手社員を育成することの意味を改めて考えさせられた新人のプレゼンテーションだった。

6月24日発売の日経情報ストラテジー8月号で、豊田自動織機が実践するトヨタ生産方式に基づく改善活動の内容を紹介しています。ご興味ある方は、併せてお読みいだければ幸いです。