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 記者は日経情報ストラテジー8月号で「失敗を生かす経営」という特集記事を書いた。その趣旨はこうだ。「失敗をすべて属人的な問題として片付け,当事者に二度とチャンスを与えないような組織ではなく,失敗者自身がその失敗を冷静に反省しつつ再挑戦できる組織こそが,速い変化への対応を強いられている今,強い組織といえる」というものだ。

 失敗した人を直ちに冷遇せずに,再び挑戦に向かわせることができる組織とはこんな組織だ。

1.経営者あるいはリーダーが「手抜きは責めるが,失敗は責めない」と繰り返し公言し,失敗社員であっても困難から逃げずに努力したことは評価して,また次に挑戦する機会があれば実際にチャンスを与えている。

2.新事業の立ち上げや高めの数値目標などに期間限定で挑戦できる制度があって,「挑戦と失敗」が常に起きるようなマネジメントをしている。こうした挑戦の成功確率はそう高くないことは社内コンセンサスになっており,高めの目標に挑戦すること自体が会社の成長に必要不可欠なことだとみなす価値観が組織に浸透している。

 1と2の組織はどのようなマネジメントや風土作りをすれば実現できるのか,という具体的な提言は日経情報ストラテジー8月号に書いた。ここでは,ページ数の制約などから8月号の特集記事で書かなかったことや,記事の読者が疑問に思うかもしれないことを紹介する。

 1と2の組織に関して,こんな疑問を抱く方もいるだろう。「このプロジェクトが成功しなければ会社の未来はない,というプロジェクトが失敗したら,担当者は精一杯頑張りました,では済まないのではないか」。

 これについての回答は,特集でインタビューした三洋化成工業の家永昌明社長の指摘が的を射ている。「そういうプロジェクトは経営者がプロジェクトリーダーとして,成功を図るための全責任を負うべき」。つまり,経営者がステークホルダー(利害関係者)をどれだけ納得させられるかの問題である。


失敗から再起した3人に話を聞いた

 8月号の特集は,「失敗を生かす組織にはどんなマネジメントが必要なのか」を重点的に執筆した。ただし,取材過程では「失敗したにもかかわらず次のチャンスをモノにできた人はどんな過程を経て立ち直ったのか」という話も聞いた。実を言うと,記者にとっては立ち直りの過程について生の声を聞けることが取材活動の最大のモチベーションだった。
 
 今回,立ち直りの話を3人から聞くことができた。音楽事業を任されて失敗し,その後オンラインゲーム事業の立ち上げに成功した長沢潔・ジークレスト(サイバーエージェントの子会社)社長,サントリーで「熟茶」の失敗を経て「伊右衛門」を成功させた沖中直人・食品事業部課長,そして1996年にバンダイがアップルコンピュータと提携したゲーム機「ピピン」の立ち上げを主導したものの失敗してしまった鵜之澤伸・バンダイナムコゲームス副社長の3人だ。

 それぞれ興味深い話だった。皆,失敗直後はかなり落ち込んだという。いずれも「社内で責められるのは当然だ」と思っていて,「むしろ責められなかったら会社としておかしいと思った」と異口同音に振り返っていた。「会社に対して借金を作ったという意識を持っていた」(長沢氏),「心の中で損益計算書を持っていて,プラスにしなければいけないと思った」(沖中氏),「たぶん受理されないだろうと思ったが辞表を出した」(鵜之澤氏)といった言葉にそれが表れている。

 この談話から分かるのは,失敗して心の中に借金を背負ったと感じるような人に対しては,叱ったところで大きな意味はない。かといって変に持ち上げても慰めにならないということだ。自分の失敗を冷静に振り返り,次への挑戦意欲を取り戻せるまでの「時間」が必要ということだろう。


社長室への異動で冷静さを取り戻す

 次の挑戦へ向けての意欲をどう取り戻していったのかは,三者三様だった。

 長沢氏のケースでは,社長室に異動して,ほかの人の新規事業立ち上げをサポートする仕事に忙殺された。「仕事があって忙しいことが自分にとって救いだった」という。社長室にいると,以前に失敗したにもかかわらずセカンドチャンスに取り組む社員がいることを俯瞰(ふかん)できた。それが立ち直りのきっかけになったという。自分の立場を冷静に見つめ直し,「また挑戦すればいい」と前向きに考えられるようになっていった。

 長沢氏はしばらく新規事業のサポート役に徹した後,ある役員からオンラインゲーム事業の立ち上げをやってみないかと誘われた。「社内で一緒に仕事をするなら一番信頼できると思っている人からの誘いだったから」と躊躇(ちゅうちょ)なく引き受けた。