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「A君,今日,取材先で恐ろしい話を聞いたよ」
「超特大の『動かないコンピュータ』ですか」
「どうして人の顔を見ると,『動かないコンピュータ』の話を持ち出すのかね。3年前にその仕事はN編集委員に,あ,今は副編集長か,とにかく彼に譲って,僕は引退した」
「3年前に始めた新雑誌の開発に失敗したので,『自分のプロジェクトをうまくできないのに,人様のプロジェクトを批判できない』と言って引退したのですよね」
「君は記者だろう,事実認識に誤りがあるようでは困る。新雑誌開発に失敗したとは言っていない。『自分のプロジェクトをうまくできないのに,人様のプロジェクトを批判できない』と言った覚えは確かにあるが,それは最近だ。3年前の引退とは無関係」


従業員にパソコンを買わせる

「いや,つい。それで,恐ろしい話って何ですか」
従業員所有PCだ。凄い考えだろう」
「ジューギョーインショ・ユーピーシー?何ですか,それは」
「エンプロイー・オウンド・ピーシー。会社がパソコンを買うのを止めて,社員に買わせるという話だ」
「自腹ですか」
「会社が一定額を支給する。パソコンの仕様も大まかなところまで指定する。後は好きなパソコンを買って使え,というやり方だ」
「営業担当者が乗る車の代金を会社が出す,みたいな話ですね」

「そう,この話をしてくれた大手リサーチ会社,ガートナーのフェロー,デビッド・スミス氏は,自動車を引き合いに出していた。数十年前は,企業が自動車を一括購入して,営業担当社員に使わせていた。そのうち,お金だけ渡し,社員に車を買わせて保有させるようにした。同じことがPCでも起こる,という話だ」
「そんなことをしている米国企業があるのですか」
「試行を始めた企業か組織があると言っていた。面白いのは,その組織がセキュリティとかコンプライアンスに厳しく,長年にわたって管理強化に取り組んできた,という点だ。セキュリティとコンプライアンスを考え抜いた結果,従業員所有PCというアイデアにたどりついたそうだ」
「ちょっと分かりません。社員にパソコンを保有させるとセキュリティとコンプライアンス上,よくなるのでしょうか」
「ここが米国流で,自分の持ち物なのだから自己責任でしっかり管理しろ,ということだろう。従業員所有PCの斬新なところは,ある程度の私用を認めてしまう点だ。いや,会社が認めているわけではないが,なにしろもう会社のパソコンではないからね。個人にとって大事なソフトやデータを保存し,場合によっては持ち歩くとなると,今まで以上にしっかり守ろうとするのではないか」

「なるほど。インターネットバンキングや,ひょっとしてトレーディングまでやるパソコンだったら大事にするでしょうね」
「トレーディングはダメだぞ。内規で記者の株売買が禁止されているのは知っているだろう。もっとも,この間,ある論客に『株をやったこともない日経の記者が,経済とか市場がどうしたとか書いてもまったく信用できない』と言われたなあ」
「それは極論ですね」
「この主張を受け入れると,『情報システムを実際に開発した経験がない記者が,動かないコンピュータなんて書くのはおかしい』という話になってしまう」
「でも『自分のプロジェクトをうまくできないのに,人様のプロジェクトを批判できない』という,さっきの話は,その主張を受け入れているのではないですか」
「全然違う。情報システムの開発経験がない,プロジェクトもうまくできない,したがって実際の開発をしている人たちのことを理解できない。理解できないが,できる限り理解しようと努力して記事を書くということだ。A君はオープンソースに関心があるみたいだが,コミュニティに参加していないと記事が書けない,というわけでもないだろう」
「学生時代は末端にいましたけど。LinuxのFAQサイトを公開していました。今でもいくつかのコミュニティの掲示板は定期的に覗いています。そういえば先日の週末,オープンソースのIP-PBXソフトAsteriskを自宅のマシンにインストールして試してみました。なかなかいいですよ」
「…そんな暇があったら,一件でも多く取材をして,ニュースを書け。と言いたいが,最近色々なことに自信が無くなってきたので今日は言わない。話がそれたけれど,従業員所有PCの考えを僕が面白いと思ったのは,合理的というか,自然な考えだから。個人は今,家庭だけでなく,外出先でもパソコンを使う。企業人は事務所だけでなく,外でパソコンを使う。米国がいくら自動車社会だと言っても,2台も持って歩くのか?ということだ。ましてや日本でパソコンを2台持って歩くなど不可能。1台にまとめてしまって,社員に管理させたほうが,会社は楽になる。社員というか個人もそのほうが便利」


会社と個人のPC利用の境界は曖昧に

「会社のパソコンと個人のパソコンと複数台持って使い分けるのは面倒ですからね」
「しかも,さっきのトレーディングもそうかもしれないが,一般的な個人のパソコン利用シーンと,仕事のパソコン利用シーンが重なってきている。例えば,最初は個人の趣味のために買ったソフトがよくできていて,これは仕事にも使える,とひらめいたとする。会社のパソコンに勝手にソフトを入れられないから,そのソフトを入れたノートパソコンを自分で持って歩く。こうなると自分のノートパソコンは100パーセント個人用というわけではなくなる。趣味のソフトを使って,仕事の生産性が高まるのであれば,会社のためのパソコン利用ということになる」
「ソフト開発の仕事をしているプロにとっては,オープンソースのコミュニティに参加したり,SNS(ソーシャルネットワークサービス)で情報を交換することは,仕事でもあり,個人の活動でもありますね」
「さらに先を見て,一つの企業に属さない,フリーエージェントと言われる働き方が日本でも増えるとする。この場合,個人のパソコンと仕事のパソコンは完全に一致する。問題は,企業がこのパソコンによるアクセスを認めるか,ということだ」