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 やっぱりIP電話はダメなのか---。先週,こう思ってしまう事故が発生した。NTT東日本のIP電話サービス「ひかり電話」が東日本全域でつながりにくくなった障害である。発端は,ひかり電話をつなぐためのサーバーの動作が不安定になったことだ(関連記事:「ひかり電話トラブル,不信を招いた7日間)。

 ひかり電話は,ユーザーの家に光ファイバを引き込んで提供するIP電話サービス。機能や使い勝手は,NTTの固定電話サービス「加入電話」並みとうたっている。電話番号は「03」など,これまでと同じものが使えるし,「110」番などの緊急通報もできるし,面倒なIPアドレスの設定もしないで使える。

 ところが今回の障害によって,信頼性は「加入電話並み」に達していないことが露呈してしまった。加入電話でも電話がつながりにくくなることはあるが,東日本全域といった広い範囲で何日にもわたって障害が続くことはない。なぜひかり電話は,加入電話では起こり得ない大きな障害に陥ったのだろうか。

 技術的に見れば,ひかり電話が加入電話に大きく劣ることはない。ネットワークの構成やつながる仕組みから見ると,加入電話で障害が起こりにくく,ひかり電話で障害が起こりやすいというわけではないからだ。加入電話とひかり電話のネットワーク構成や詳しい仕組みは,書籍の『電話はなぜつながるのか』(詳細情報)でわかりやすく解説したので,そちらを参考にしてほしい。ここでは簡単にひかり電話のネットワークの仕組みを紹介しながら,障害の経緯をひも解いていこう。

 ひかり電話では,音声を通す「音声ネットワーク」と,相手の電話番号など回線をつなぐ制御情報を送る「信号ネットワーク」の2種類がある。この点は,加入電話とまったく同じだ。また,ひかり電話と加入電話でお互いに通話できるように,それぞれの信号ネットワーク同士,音声ネットワーク同士をつないでいる。電話番号などの情報をやり取りするのは「加入者系呼制御サーバー」(一般的にはSIPサーバーと呼ぶ),加入電話とひかり電話の信号ネットワーク同士をつなぐのは「中継系呼制御サーバー」(一般には「コールエージェント」,「信号ゲートウエイ」などと呼ぶ)である。したがって,ひかり電話から見ると,信号ネットワークには2つの装置がある。そして,加入電話の信号ネットワークがそうであるように,ひかり電話の信号ネットワークも完全に2重化されている。つまり,こうした呼制御サーバーは0系と1系の2つが用意されている。

 9月19日の障害ではまず,複数ある加入者系呼制御サーバーの1台で稼働するソフトウエアの動作不良を起こし,つながりにくい状態に陥った。バックアップ側の呼制御サーバーでも同じソフトを入れていたため,切り替えても問題は解決しない。電話がつながらなければ,多くのユーザーは何度もかけ直す。発信数が雪だるま式に増える「ふくそう」状態に陥り,加入電話とひかり電話をつなぐ中継系呼制御サーバーまでふくそうしてしまった。放っておけば,ネットワーク全体がふくそうしてしまうため,NTT東日本はひかり電話の全体で発信や着信を制限することになったのである。これが,障害の影響が東日本全域に及んだ理由である。その後,サーバーの負荷分散やソフトの修正を進め,解決しつつある(関連記事:「【続報】NTT東がひかり電話の障害原因の一部を特定,ソフトに不具合」)。

 このようなふくそう状態は,加入電話でも起こり得る障害である。電話をつなぐ詳細な手順は異なるものの,信号ネットワークを使って電話番号を基に回線をつなぎ,音声を通すという大枠の仕組みはほとんど変わらないからだ。しかし,加入電話では何日にもわたって,東日本全域でつながりにくくなることはない。

 加入電話で通話制限をする場合は,障害が起こった電話交換機あての発信だけを制限するという具合に,かなり細かく設定するからである。一方,今回のひかり電話のネットワークでは,技術的には特定の呼制御サーバーだけへの発信を制限するといったことは可能だが,そうした設定を施していなかったため,全域で制限せざるを得なかった。

 加入電話とひかり電話の違いは,ネットワークの設計や運用ノウハウの蓄積量だ。加入電話は,数十年にわたってNTTが運用してきたネットワークである。「電話交換機はNTT自身が設計・開発しているから,何かあってもすぐに原因がわかる。ところがIP電話の機器は,メーカーが開発した装置を買ってくるから,ある意味ブラックボックス」(NTTのある幹部)という事情もある。

 また,ユーザーが急増しているひかり電話の設計は難しい面もある。NTT東日本の回線数は,2005年9月末に10万,2006年3月末に47万,8月末に93万と半年に2倍以上のペースで増えている。サーバーやネットワークの増強は,NTTが長年築いた加入電話の設計法でも通用しないだろう。増強しなければ障害につながるし,必要以上に余裕を持たせて増強すれば非効率になってしまう。

 こう書いていくと,IP電話は加入電話に劣るように見えるかもしれないが,そうではない。ソフトウエアのバグや通話制限の機能などは,今後改善されていくだろうし,運用ノウハウも貯まっていく。とはいえ,障害の影響を受けるユーザーは悠長に待ってくれるわけではない。NTTグループが,加入電話並みとうたって光ファイバとひかり電話を普及させたいのであれば,ひかり電話の設計や運用に今まで以上に注力して,1日も早く安定したサービスにしてほしい。

(中川 ヒロミ=出版局)

日経BP出版局では,NTTの「加入電話」や「ひかり電話」のつながる仕組みをやさしく解説した書籍『電話はなぜつながるのか』(詳細情報)を発行しました。こちらもぜひご覧ください。