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 「鶏が先か,卵が先か」。

 一瞬,そんなことを考えた。ITエンジニアのスキルや労働実態・意識に関する調査の結果を見たときのことである。 その結果とは,「スキルレベルの高い回答者ほど,IT業界に入って良かったと思う人が多い」というものだ。

 これを素直に解釈すれば,「スキルレベルの高い人ほど,やりがいのある仕事や高収入などで報いられるケースが多いため,IT業界で仕事をすることに満足している人が多い」と見ることができる。いや,それとは逆に,「IT業界で仕事をすることに満足している人ほど,自分のスキルを磨いてより高いレベルに到達した人(あるいは到達しようとする人)が多い」と考えることも可能だろう。

 おそらく実態は,このような「鶏が先か,卵が先か」といった単純な話ではなく,両方の側面があるに違いない。ただ,筆者がつい「鶏が先か,卵が先か」などと考え始めたのは,ITエンジニアのスキルレベルとIT業界に対する満足度が,驚くほど明確な相関関係を持っている,という調査結果に興味を持ったからである。

 筆者は以前にも,ITエンジニアの仕事の満足度にかかわる調査結果を報告した(「仕事の満足感はどこからやってくる?」)が,今回は約1万人のITエンジニアを対象に実施した,より大規模な調査の結果を見ながら,もう一度このテーマについて考えてみた。

“エントリレベル”の4人に1人がIT業界に不満

 この調査は,日経コンピュータITproなどが協力する「ITスキル研究フォーラム(iSRF)」が実施した「ITエンジニア・スキル調査」のこと(有効回答は1万65人,今年6月~9月に実施)。5回目となる今年の調査では,ITエンジニアの職種やスキルを体系化した「ITスキル標準」(詳細は経済産業省のサイトを参照)に基づくスキルレベルのほか,IT業界で働くことの満足感や転職願望,年収の実態やスキルアップへの取り組み方など,ITエンジニアの労働実態や意識について幅広く聞いた。

 冒頭の調査結果を示したのが図1である。この調査では,Webページに表示した多数の質問への回答結果から,回答者のスキルレベルをITスキル標準に基づいて,レベル1~7,および,レベル1に満たない未経験レベルの8段階で判定した。そのうえで,レベル2以下を「エントリレベル(上位レベルの指導の下で職務の課題を発見・解決する)」,レベル3 ~4 を「ミドルレベル(自らのスキルを駆使して課題を発見・解決できる)」,レベル5~7を「ハイレベル(社内外でビジネスをリードできる)」と,大きく3つの階層に区分している。

図1●スキルレベルごとに見る業界に対する満足度(IT業界に入って良かったか?)

 図1を見ると分かるように,ハイレベルの回答者では,IT業界に入って「悪かった」という回答と「どちらかというと悪かった」という回答が,合計でわずか3.5%に過ぎない(「良かった」と「どちらかというと良かった」を合わせると96.5%)。これに対してミドルレベルの回答者では,「悪かった」と「どちらかというと悪かった」を合計した割合が12.5%(約8人に1人),エントリレベルの回答者では実に24.3%(約4人に1人)に達している。

 この結果だけで,スキルレベルが高いほどIT業界に対する満足度も高い,と結論づけようとすると,次のような反論が出るかもしれない。すなわち,実際にはスキルレベル以外の要素,特に回答者の平均年齢が調査結果に大きく影響しているのではないか,というものだ。

 実際,ITエンジニアとしての業務経験や実績を重視するITスキル標準では,年齢が上がるにつれてスキルレベルの平均値も高くなっていく,という傾向がある(図2)。したがって,スキルレベルの低い回答者は相対的に若年層の比率が高く,逆にスキルレベルの高い回答者は相対的にベテランの比率が高い。

 若年層はベテランに比べて,IT業界に強い不満を抱きつつも,まだ他業界への転職に踏み切っていない(あるいは,転職するかどうか迷っている)ITエンジニアの比率が高い,と考えるのが自然だろう。逆に,ベテランの回答者は,IT業界に長年いながらも結局,他業界へ転職しなかったITエンジニアであることから,満足度も高めの数字が出やすいことが予想される。

図2●年齢別、職種別に見た平均スキルレベル

 しかし,こうしたスキルレベルごとの平均年齢の違いを加味したとしても,エントリレベルとハイレベルでは,IT業界に入って「悪かった」という回答と「どちらかというと悪かった」という回答を合わせた割合が,実に約7倍もの開きがある。逆に,「IT業界に入って良かった」と実感している回答者(「どちらかというと良かった」は含まない)は,ハイレベルでは58.2%に達したのに対して,エントリレベルではわずか22.2%で「4人に1人」に満たなかった。これだけの大きな格差は,平均年齢の違いだけでは説明できないだろう。

 ハイレベルに多い「IT業界に入って良かった」と回答したエンジニアは,IT業界での満足点として「専門分野を確立できる」「何かを生み出したいという希望をかなえられる」といった項目を挙げている。こういった,いわばプロフェッショナルなITエンジニアに求められる必須の要件に,喜びややりがいを見出しているのである(ちなみに,エントリレベルに多い「IT業界に入って悪かった」と回答したエンジニアは,IT業界での不満点として「休暇を取得しにくい」「負荷がかかりすぎる」といった項目を挙げている)。

 一方で,今回の調査では,スキルレベルの高い回答者ほど平均収入も高い,ということが明らかになった。このことも,図1のような結果(スキルレベルが高いほど,IT業界に入って良かったと考える人が多い)が出た要因の1つと言えそうだ。

 ただ,これについても「スキルレベルが高いほど平均年齢も高いのだから,平均年収も高くて当たり前」という反論が出るかもしれない。しかし,図3を見れば決してそうではないことが分かる。

図3●スキルレベル別の年収推移

 この図は5歳刻みの年齢層ごとに,ハイレベル,ミドルレベル,エントリレベルそれぞれの平均年収をプロットしたもの。確かに全体的には高い年齢層ほど平均年収も高いという傾向があるが,同じ年齢層でもスキルレベルによって平均年収に大きな違いがあることが分かる。ハイレベルとエントリレベルを比べると,30歳代では約200万円,40歳代では約200万~300万円もの開きがある。

 以前の「記者の眼」で報告したように,「収入の良さ」という要素は「仕事のやりがい」などに比べて,必ずしも満足度に直結するとは限らない。しかし,レベルによる収入格差がこれだけ大きいと,IT業界に対する満足度にもそれなりに大きな影響を与えていると考えるのが自然だろう。

スキルのレベルアップには長い時間をかけた蓄積が必要

 ここまで見てきたように,ITエンジニアのスキルレベルとIT業界に対する満足度には,どうやら切っても切れない関係がありそうだ。この結果から,筆者はある大手ベンダーのベテランITアーキテクトの言動を思い起こした。

 この人はIT業界でも最高レベルのスキルと経験を持つITアーキテクトなのだが,本業である顧客企業の仕事のほかに,海外での会合やイベントへの参加,国内での業界横断的な活動の取りまとめなど,いつも複数の大きな仕事を抱えて飛び回っている。「もう体がもたないですよ」などとボヤくことも多いが,話の節々から仕事の充実感や達成感が伝わってくるのだ。仮にこの人が今回の調査に参加したとすれば,おそらく「IT業界に入って良かった」と即答するだろう。

 以前,本人から聞いた話だが,この人は会社に入って2~3年目に「ITアーキテクト」という職種を知り,あこがれ,それ以来,ITアーキテクトに必要な知識やスキル,経験を身に付けることを常に意識しながら仕事をしてきたという。冒頭で述べた,「IT業界で仕事をすることに満足している人ほど,自分のスキルを磨いてより高いレベルに到達した人(あるいは到達しようとする人)」の典型といえるだろう。自力をつけて満足を勝ち取ってきた,といってもいい。

 実際には,そうしたくても目前の仕事に追いまくられ,やりがいを見出すどころではないITエンジニアも多いに違いない。しかし,ITエンジニアとしてエントリレベルからミドルレベル,そしてハイレベルへと登りつめるまでには,長い時間をかけた経験と実績の蓄積が必要になる。だからこそ,地道な積み重ねでハイレベルのスキルを身に付けた人ほど大きな満足を感じている,という事実に目を向けたい。

 なお,今回の調査の結果は,日経コンピュータITproの両媒体で紹介していく予定である。その第1弾として,日経コンピュータの11月27日号で調査結果の全体像を解説。その内容も含めて,来年1月から全6回の予定でITproで詳報していく。是非ご覧いただきたい。