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 年の瀬が迫ってきた。年末年始のテレビ番組を美しいハイビジョン画質で見ようと,街の電気店では1台十数万~数十万円の薄型デジタルテレビを求める客で賑わっている。消費者の関心がデジタルテレビの画質や価格に向かうなか,松下電器産業やソニーなど,名だたる大手家電メーカーがある構想を着々と実行に移している。日本に出回っているほとんどのテレビ受像機をネットに対応させて,インターネットの入り口に変えてしまおうという壮大な計画だ。

 テレビ受像機とはテレビ番組を映し出すための装置--。誰も疑ったことがないテレビの常識を覆すような動きが,テレビ業界のあちこちで見られるようになった。きっかけは,インターネットの普及。テレビ各局が半世紀にわたって築き上げた金儲けの仕組みが,インターネットによって脅かされようとしている。詳しくは単行本『テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか』をご覧になっていただければと思うが,ここでは家電メーカーとテレビ局の関係の変化を紹介したい。

ネット対応テレビは簡単に作れる

 メーカーが開発するネット対応テレビの使い勝手は至って簡単だ。アンテナにつなげる感覚で,テレビをネットにつなぐだけでよい。あとはリモコンを操作すれば,映画を見たり,ニュースや株価をチェックしたり,お寿司を注文したり,ゲームで遊んだりと,テレビの世界が一気に広がる。日本中のほとんどのテレビで,そんなサービスを利用できるようにしたいというのが,家電メーカー各社の願いである。

 果たして,そんな構想が実現するのだろうか。「ちょっと待ってよ。1990年代後半にもネット対応テレビが発売されたぞ。あれは全く流行らなかったじゃないか」と反論する読者がいるかもしれない。

 確かにネットの普及が始まった1990年代後半,多くのネット対応テレビが商品化され,やがて消えていった。しかし,当時とは状況が全然違う。市内3分10円のダイヤルアップ料金を気にしながらWebを見ていた時代とは違って,定額のブロードバンド回線の登場により,リビングのテレビでゆっくりとネットを利用できる環境が整った。ネット対応テレビを開発する家電関係者はそう口をそろえる。さらに現在は,地上デジタル放送を見るためのデジタルテレビが売れに売れている。数年もすれば,日本中に出回っている1億2000万~1億3000万台のアナログテレビの多くが,デジタルテレビに置き換わる勢いである。

 技術的に見て,そのデジタルテレビにネット機能を持たせるのは簡単なのだ。もともと地上デジタル放送は「双方向テレビ」というコンセプトの下で規格化されており,デジタルテレビを使ってクイズ番組に回答したり,番組からのプレゼントに応募したりできる設計になっている。このためデジタルテレビには,通信回線をつなぐ端子やブラウザなど,テレビ局とデータやり取りするための機能が満載されている。メーカーはそれらの機能をネットに接続するために転用すれば,ほとんどコストをかけずにネット対応テレビを作れる。

 ほとんど追加コストがいらないなら,ネットに対応させない手はない。テレビはより便利になり,テレビ受像機市場がさらに拡大するという期待もある。だから大手家電メーカー各社はこぞってネット対応テレビの商品化に乗り出しているわけだ。好むと好まざるとに関わらず,デジタルテレビを買うと,インターネット接続機能がセットで付いてくるという状況がすぐそこに迫っている。

画面はテレビ局の縄張り?

 そんな家電業界の動きを警戒する人たちがいる。テレビ局関係者だ。テレビ業界にとって,テレビ画面は商売の最前線である。テレビ画面にCMを映し出すことで,スポンサーから広告料をもらっている。そのためテレビ局には,「テレビ画面はオレたちの縄張りだ」という強い意識がある。

 例えばテレビ局の関係者は,家電メーカーが「マルチウインドウ機能」をテレビ受像機に付けただけで眉をひそめる。同時に二つ以上の番組を画面に表示することができる機能である。裏番組をチェックするのに便利なので,使っている読者も多いだろう。単にそれだけの機能なのだが,テレビ局の関係者は,マルチウインドウ機能が付いたテレビ受像機を作っているメーカーに,「やめてほしい」と文句を言ったりする。自分たちの思い通りに画面の隅々まで番組を映してもらわないと,我慢できないのである。

 複数のテレビ番組を画面映し出すだけの機能にも敏感に反応するテレビ局関係者が,インターネットなどという“よそ者”のコンテンツまで映し出す機能など,容認できるはずもない。

 ネット対応テレビの開発を進めるある大手家電メーカー幹部は,テレビ局の関係者から

「あなた方はテレビ放送を映す装置を作っているんですからね」

と苦言を呈されたという。このメーカー幹部は苦笑しながら続ける。

「そんなこと言われても,僕らにはそんな意識全然ないんですよ。テレビジョンという言葉は,もともと遠くのものを映すという意味なんです。遠くのものを映すための伝送路はネットだって構わないはずでしょう?」

マイクロソフトの影に怯える

 家電メーカー各社がテレビ業界の反感を買ってまでネット対応テレビの開発に力を入れるのは,単にテレビ受像機市場を拡大したいという理由だけにとどまらない。実は,テレビ受像機市場を拡大することで,敵の侵入を防ぐというさらに大きな目的がある。敵とは,米国のIT企業のことだ。

 現在,インテルなどの米国のIT企業もこぞってテレビ受像機向けの映像サービスの分野に食指を動かしている。なかでも最大の脅威が巨大ソフトウエア企業,マイクロソフトだ。マイクロソフトは,例えば「MSTV」と呼ぶ映像サービス向けのソフトウエアを世界的に売り込んでいる。映像サービスを操作したり,映像を処理したりする中枢機能は,MSTVが搭載したボックスが担う。そして,テレビ受像機はその映像を映す単なるモニターになり下がる。

 中枢機能はマイクロソフトに吸い取られ,メーカー各社はその機能に対応した単純なハードウエアをひたすら安い価格で作ることを余儀なくされる。これはメーカー各社が,パソコンで経験したことである。マイクロソフトは1990年代後半から,パソコンを動かすOS(基本ソフト)を独占的に供給している。一方,OSというパソコンの中枢機能を押さえられたメーカー各社は,マイクロソフトのOSが動くパソコンの安売り競争に巻き込まれた。中枢機能を握られているので,何かしら便利な機能をパソコンに付けて,高く売るといった工夫の余地がほとんどなくなってしまったのである。

 そんなマイクロソフトが,テレビ受像機のソフトウエアにまで手を出そうとしている。日本の家電メーカーが警戒するのも無理はない。ある大手家電メーカーの幹部は,「付加価値はすべてマイクロソフトが持っていってしまう。これがあの会社の商法なんです」と警戒する。日本の家電業界では松下電器を中心に,電子立国の面子にかけても,家電機器の中枢機能を米国企業には握られたくないという強い決意が湧き上がっている。

日本メーカーが連合を組む

 米国IT陣営の脅威に突き動かされて,日本の家電業界はテレビ受像機のネット対応を進めている。すでに松下電器やソニー,東芝などがそれぞれネット対応デジタルテレビの商品化に乗り出している。

 さらに家電連合まで作って,ネット対応テレビを推進し始めた。松下電器産業・ソニー・シャープ・日立製作所・東芝という日本を代表する大手家電5社に,ソニー系のプロバイダ(インターネット接続事業者)であるソネットエンタテインメントを加えた6社が2006年7月,ネット対応デジタルテレビ向けのポータルサイトを運営する会社を共同で設立したのだ。社名は「テレビポータルサービス」,サイト名は「アクトビラ」。映画やドラマ,ニュースなどのコンテンツを集めて,視聴者が見たいときにテレビ画面を通じて見られるようにする。

 テレビポータルサービスが掲げる普及目標は衝撃的だ。日本に出回っているデジタルテレビの,7~8割をアクトビラに対応させるという。現在出回っている1億2000万~1億3000万台のテレビ受像機がすべてデジタルテレビに置き換わったとき,そのうちのなんと8400万~1億400万台は,アクトビラに対応する計算だ。デジタルテレビのシェアの大半を握る大手家電メーカー5社が力を合わせれば,それぐらいの普及台数は簡単に実現できてしまうのだろう。アクトビラ対応のデジタルテレビのうち,実際にネットにつなげる比率が1~2割にとどまったとしても,840万~2080万台にもなる。利用者が多ければ,人気の高いコンテンツがどんどん集まる。そしてサイトの評判が高まり,さらに利用者が増える。アクトビラは自己増殖的に巨大化するかもしれない。

テレビ画面を占拠し続けるには

 ネット対応テレビが本格的に普及したとき,果たしてテレビ局はこれまでのようにテレビ画面を占拠し続けられるのだろうか。現在のところ,地上波テレビ放送が最も長時間にわたって,テレビ画面を占有できている。その時間は,テレビ画面を使うほかのメディアと比べると圧倒的に長い。

 一人が地上波テレビを見ている時間は一日当たり平均3時間31分にも達している。これは国際的に見ても,極めて長時間だ。一方で衛星放送の平均視聴時間は12分,DVDとビデオは合計8分,テレビゲームは5分にとどまる。地上波テレビが画面を占有している時間が,いかに長いかがわかる。

 そしてインターネットの利用時間もまた,一日平均37分と地上波テレビを大きく下回る。ただ注目すべきはその伸びである。地上波テレビを含めてほかのメディアの利用時間が毎年ほぼ横ばいであるのに対して,ネットだけは利用時間が伸び続けている。

 今後,メーカーがネット対応テレビの商品化に力を入れることで,そんな伸び盛りの新興メディアがテレビ画面に入り込んでくる。

 「テレビ受像機はテレビ番組を映すための装置だ」などとテレビ局が主張したところで,米IT陣営に対抗するために結束した家電業界は,もはや聞く耳を持たない。テレビ局がテレビ画面の支配権を握り続ける方法はただ一つ。ネットに勝る番組を映し続けるほかない。

(注釈)
*地上波と衛星放送の視聴時間は,NHK放送文化研究所の「平成18年6月全国個人視聴率調査」のデータを基に計算。
*DVDとビデオ,テレビゲームの利用時間は,電通総研の「情報メディア白書2006」のデータを基に計算。
*インターネットの利用時間は,総務省の「平成17年版情報通信白書」より。