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 情報の記録・伝達の手段としてデジタル・メディアがここまで入り込んだ今でも,紙のメリットにはまだ目を見張るものがある。あらためて言うのは,そんな感想を再度紡ぎたくなる話を相次いで耳にしたからだ。

 クレジット・カードの支払い明細表に,そのカード利用者が反応するであろう内容の広告を載せる。その明細表と広告は無味乾燥な単色ではなく,近年急速に低価格化・高品質化したフルカラー印刷機器を駆使したものである。その広告には,「あなた様専用に作った特別なWebサイトを用意しました」といったキャッチとともに,URLを書き込む。そのWebサイトには,その顧客向けにカスタマイズしたメッセージを盛り込む。ここから,新たな購買行動へと誘導する。

 「こうしたアプローチで,それまで2,3%程度にとどまっていたダイレクト・メールの広告反応率が,5%にまで高まったという例がある」。ITリサーチ会社ガートナーのピート・バジリア リサーチ・ディレクターは言う。

 「封を開け,折りたたまれた紙を広げ,表に裏にとひっくり返しながら書かれた文字を読む。このようなリアルな体験を伴う紙にうまくメッセージを組み込めれば,顧客への印象を高めやすい。マーケティング分野はとにかくインターネットに話題が集中しているが,紙という媒体もまだ見逃せない」(バジリア氏)。このような見解には,なるほどと思わせるものがある。

 情報漏洩の防止,環境保護,郵送コストの削減といった側面から,カードの支払い明細を紙ではなくWebサイト上での通知のみに切り替えるケースが増えている。だが,すでに流通している紙媒体を活用する,という視点でとらえれば,バジリア氏が挙げたような紙とWebサイトを組み合わせたマーケティング・アプローチの可能性は大きい。当然その裏には情報システムがかかわるわけで,IT関係者にも面白いテーマがありそうだ。

紙という特性,その触感

 紙とWebを組み合わせたマーケティング・アプローチの例を,さらにいくつか紹介しよう。

 「BtoB(対企業向けビジネス)を展開する中小企業で,ファクシミリによる広告配信代行サービスのニーズが再燃している」。ITpro Watcherで連載中のCRMコンサルタント,多田正行氏はこう指摘する(ITpro Watcherの当該記事)。その理由は大きく二つ。一つは,中小企業とその顧客は,前と変わらず電話とファクシミリを主要なビジネス・ツールとして使っていること。もう一つは,ファクシミリで送信した紙のメッセージは,思わぬ潜在顧客の拡大に役立つことである。

 例えばファクシミリで送った紙は,ファクシミリ機から紙を回収した社員,別の社員,さらにはその上司へ,といった形で,さまざまな人の目にさらされやすい。つまり,電子メールは基本的にメッセージの伝達形態が「1対1」だが,ファクシミリは「1対n」にもなり得る。電子メールも同報したり転送したりすれば1対nになり得るが,人の手を介して,物理的な紙が届けられる「体験」に比べると,どうしても印象が薄くなる。そう考えると,ファクシミリ回帰の動きはうなずける。

 先日お会いしたある事業主も,マーケティングでは無料で配る紙のパンフレットを重要視している,と話していた。「とかくインターネットというバーチャルな領域に目がいく今だからこそ,アナログな紙に注目だ」と強調する。

 「インターネットによる情報は無料である,という印象が世間に定着している。正直,これはなかなか動かせない。一方,最近でこそフリーペーパーが出回ってきたが,それでも紙による情報にはそれなりにコストがかかる,つまり有料である,という考え方がまだ残っている。こうした紙の性格は利用できる」と彼は言う。

 彼の仮説はこうだ。まずインターネットで広く見込み客を集めたうえで,紙というリアルな物体を,脈のありそうな見込み客に無料で届ける。見込み客は“有料に思える”紙に,負い目に似た感情を持つ。さらなる資料請求をするなり,来店するなり,『お返し』とも言える何らかのアクションを取ろうという気持ちになる。その感情をうまく利用するというわけだ。彼曰くだが,この仮説にはかなりの確度があるという。パンフレットやそれを収める封筒の作り方,コスト回収の考え方にノウハウがあるらしいが,「さすがにそれはタダでは教えられない」と断られた。

 人間は五感(視覚,聴覚,嗅覚,味覚,触覚)を持つ。現代人,特にオフィスで働く知的労働者はとかく視覚と聴覚に偏りがちだが,残りの嗅覚,味覚,触覚をほどよく刺激することが,人間らしいホッとした生き方には必要だろう。その意味で,紙は触覚を意識させる。1~2年ほど前から高級なメモ帳や万年筆といった文房具がブームになっている。パソコンや携帯電話の普及の反動で,「書くという触覚」を求める人の思いが反映されたものだと筆者は思っている。

 触覚を求める心に分け入る紙メディアの使い方は,マーケティング界隈の人々には周知のことかもしれない。一方,IT分野に身を置く筆者からすると新鮮だ。

 先日販売開始された「iPhone」を見るにつけ,IT機器の進化ここに極まりと感嘆する。だが,そうした中で「紙とITのうまい使い方,組み合わせ方」を再度考えるのもアリかもしれない。