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 「鳥の目,虫の目」という言葉がある。顔の横に目が付いた鳥のように,高い場所から広い範囲を見渡す目が「鳥の目」であり,一方で虫眼鏡でのぞき込むように対象物に近づいて詳細をじっくり観察するのが「虫の目」である。経済用語として考えれば,鳥の目はマクロ,虫の目はミクロの視点とも言えるだろう。

 この鳥の目と虫の目の2つの「目」が,企業の現場改革ではどちらも必要であることを,日経情報ストラテジーの2007年11月号特集で掲載したイトーヨーカ堂のSCM(サプライチェーン・マネジメント)改革の取材で改めて感じた。これまでの取材経験から,私は「SCM改革ではとかく,虫の目が忘れ去られがちだ」と感じていた。

 SCM改革の文脈において,鳥の目は企業における「全体最適」の視点にも置き換えられる。それに対して虫の目は,SCMを支える様々な現場に入り込んだ「現地現物」の視点といえるだろう。SCMの重要性が叫ばれ出して10年以上が経過したが,これまでのSCMの議論はどちらかというと,企業の縦割り組織による縄張り意識や責任のなすり付け合いから来る部分最適の弊害を指摘しており,それを全体最適の視点で改革することを訴えかけるものだった。

 一言でいえば,組織や企業の壁を外し,文字通りにサプライチェーン全体で「物と情報の流れ」を見直すことである。それはつまり,鳥の目の大切さを説いているといえる。

 確かに,そのこと自体に異論はないだろう。実際,SCMは企業が局所的なものの見方をしているうちは実現できない。サプライチェーンの名の通り,改革には取引先であるサプライヤーや商品の運び手である物流業者など,外部企業まで含めた広い改革の視野,つまり鳥の目が必要である。ヨーカ堂のSCM改革も,主体となるのは物流業務のアウトソーシング先まで含めた物流改革である。

 ただし,ヨーカ堂のSCM改革は,それだけではない。同社は2003年から,店舗での「店内物流」までをSCMの一部ととらえ,店舗の裏口にある商品の搬入口から顧客に商品を引き渡すレジまでの店内の商品の流れも見直すことで,SCM改革に取り組んできた。鳥の目を持ち,ヨーカ堂全体の商品の流れを俯瞰したことで,店内物流もSCMの一部であることがはっきりしたのだろう。これが小売業における本来のSCM改革である。

現場に常駐し,現地現物で虫の目を養う

 重要なのは,ここからだ。鳥の目で企業の物と情報の流れを俯瞰して整理できた後には,必ず現場での虫の目を使った改革が必要になる。ヨーカ堂でいえば,物流センターや店舗への政策の落とし込みである。それはそのまま,現場での改善活動につながっていく。

 現場で働く人たちは,長年の「慣れ」や「当たり前という意識」から,昔ながらの仕事のやり方を変えるのを嫌うものだ。そもそも現場の人たちは全体最適の視点を持ち合わせていない。

 そんな状態で,いきなり本部が現場の物と情報の流れを変更しようとしても,現場の人たちの体や気持ちは改革についていけない。だから現場の人たちの多くは,改革の抵抗勢力になる。SCM改革には仕事のやり方の変更を嫌う現場からの抵抗が付き物だ。既得権益を維持しようとする現場管理者の反対も想定される。

 そこに突破口を見つけるのが虫の目だ。SCM改革を推進する人自身が現場に張り付いて,虫の目で改めて現場を観察し,そこから現場の無駄を見つけて,現場の物と情報の流れを全体最適の視点に沿うように修正していかなければならない。現場では机上での議論だけでは話が進まない。

 物と情報の流れを鳥の目で俯瞰して,全体を組み立て直す青写真を描ける優秀な人でも,虫の目を一朝一夕で養うことはできないはずだ。時間をかけ,時には現場に常駐してでも,現場をじっくり観察することでのみ,虫の目は鍛えられる。現場に食い込めば,鳥の目では気づかなかった現場の細かな課題や事実が必ず見えてくる。

 ヨーカ堂のSCM改革は,この虫の目の部分に数年の時間をかけているのが最大の特徴だ。SCM改革を単なる理想論に終わらせないためである。

 ヨーカ堂のSCM改革を推進する担当者たちは皆,口癖のように「我々はコンサルタントではない。だから現場で一緒に汗を流す」と話す。鳥の目は外部のコンサルタントの目を借りて補完することもできるだろうが,虫の目は自分自身が現場に入り込むことで鍛えるしかない。時間はかかるが,それがSCM改革には不可欠だということだ。