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 ITproの読者のみなさんは,英国に対してどんなイメージをお持ちだろうか。「かつては栄えていたが,現在は“英国病”に苦しむ国」「年中曇り空で退屈な土地」「食事がまずい」「地下鉄が高い」「皇室のスキャンダル」などなど。どちらかというと老成し,かつての栄光に縋っている赤色巨星のようなイメージをお持ちかと思う。筆者もそう思っていた。こうしたイメージからは,イノベーションが生まれるような土地とはほど遠い印象を受ける。

写真1●英ブリストルで開催された「Wireless 2.0」
写真1●英ブリストルで開催された「Wireless 2.0」
通信の次の形を目指し,英ボーダフォンなどの大手通信事業者のほか,英ピコチップ・デザインズや英ユビキシス,英アイセラなどのベンチャー企業も参加した。[画像のクリックで拡大表示]

 だがそんな英国から最近になって,ユニークな通信関連のベンチャーが登場している。通信関連の新たなイノベーションの芽が,英国から出てこようとしている。筆者はそんな動きを追うべく,英国南西イングランド地域開発公社(SWERDA)の招きもあり9月末に英国の通信関連ベンチャー企業を数社訪問した。

 また英国南西部の都市ブリストルにて9月末に開催された,英国のベンチャー企業が多く集まる「Wireless 2.0」と題した通信関連のイベント(写真1)にも出席し,英国発の新しい波に触れることができた。以下にその一端を紹介したいと思う。

英国版「シリコンバレー」の英国南西部

 新しい波の震源地となっているのが,ロンドンから真西に向かう線上にある英国南西部だ。この地域に含まれるスウィンドン,バース,ブリストルといった各都市に,2000年を前後にして通信関連のベンチャー企業が続々と誕生している。まるで英国版「シリコンバレー」の様相を呈してきている。

 もともとこの地域には,米モトローラや東芝,仏アルカテル・ルーセント,仏オレンジなど,世界の通信関連企業の研究所が密集しており,人的なリソースが豊富だったという背景がある。また無線通信関連の教育に力を入れる英ブリストル大学や英バース大学もこの地域にあり,大学の研究プログラムからベンチャー企業にスピンアウトする例も多いという。このような土地柄から英国版シリコンバレーが誕生し,ベンチャー・キャピタルからも注目を集めるようになっている。実際Wireless 2.0のイベントにはベンチャー・キャピタルの出席者も多く,通信の次を狙う企業を見定める光景が見られた。

「フェムトセル」の震源地に

 既にこの地域の企業が震源地となって,新たな通信のムーブメントが立ち上がりつつある。超小型基地局である「フェムトセル」だ(関連記事)。

 英国南西部のバースに本拠地を置く半導体デザイン企業である英ピコチップ・デザインズは,フェムトセルのコンセプトを生み出した企業として知られている(関連記事)。2000年9月に創業した同社は,WiMAXや3G向けのマルチコアDSPやチップセット,リファレンス・ボードを主に出荷。2005年には3Gの基地局を大幅に小型化し,家庭内にも置けるようにした「フェムトセル」のコンセプトを明らかにし,業界内にインパクトを与えた。同社の顧客には,米インテルやスウェーデンのエリクソン,韓国KTなど大手の通信事業者が含まれる。資金調達も順調で,現在では様々なベンチャーファンドから7億ドルもの資金を集めている。

写真2●英ピコチップ・デザインズの本社
写真2●英ピコチップ・デザインズの本社
英国でも有数の観光地であるバースにある。古い町並みの川沿いにあり,隣は家具の修理屋だ。[画像のクリックで拡大表示]

 同社の本拠地は,ジョージ王朝時代の優雅な街並みの中,一歩奥に入った川沿いに位置する。隣が古い家具の修理屋であるため面食らうが,かえってそれがこの会社の破天荒さを際立たせている気がする(写真2)。

 創業者の一人であるピーター・クレイドンCOO(写真3)は創業の理由を「私はもともと別の半導体企業に勤めていたが,英ボーダフォンに勤めていたダグ・プーリー(現ピコチップCTO)と出会ったことで創業を決意した。ワイヤレスと半導体が分かっている二人が合わさることで,複雑なワイヤレスの通信インフラをより使いやすくできると思った。通信業界はマーケットのサイズが非常に大きいのでそれもチャンスと考えた」と語る。

写真3●英ピコチップ・デザインズのピーター・クレイドン創業者兼COO
写真3●英ピコチップ・デザインズのピーター・クレイドン創業者兼COO[画像のクリックで拡大表示]

 実際フェムトセルは通信業界の新たな潮流になりつつあり,この余波はNTTドコモやソフトバンクモバイルが商用化を目指すなど日本にも到達している(関連記事)。

 英国南西部の都市スウィンドンに本拠地を置く英ユビキシスも,フェムトセルのリーディング・カンパニーとして知られている。同社は2004年の設立以降,フェムトセルの開発にターゲットを絞りビジネスを展開している。

 同社は調査会社である米ABIリサーチのフェムトセル関連のベンダーの実力ランキングでは首位を獲得。6月には米グーグルがユビキシスへの出資を決めるなど,多くの話題を提供している。

写真4●英ユビキシスのフェムトセル
写真4●英ユビキシスのフェムトセル
プロトタイプではなく商用バージョンであり,既に量産体制に入っているという。[画像のクリックで拡大表示]

 日本市場への進出にも積極的で,NECと提携しているほか(関連記事),ソフトバンク・グループのフェムトセル・トライアルにも協力している。

 同社の共同設立者でCTOのウィル・フランクス氏は,「既にフェムトセルの開発は終えた。通信事業者5社とトライアルを進めており,来年にかけて商用化を目指す」と順調振りをアピールする(写真4)。フランクス氏は,フェムトセル関連の業界団体である「フェムトフォーラム」の創設にも深くかかわっている。

 フランクス氏は「フェムトセルを中心に,通信事業者とベンダー,家電メーカーなど市場全体が成長できるようなエコシステムを形成したい」と,業界全体に変革をもたらすような大きな構想を描いている。

英国ベンチャーの製品は日本市場にも登場

 ユニークなアイデアと技術を持ったベンチャー企業は,フェムトセル分野以外にも存在する。ソフトウエア・モデムを製品化した英アイセラだ(関連記事)。

写真5●英アイセラのスティーブ・オールプレス副社長兼CTO(左)とスタン・ボーランド社長兼CEO(右)
写真5●英アイセラのスティーブ・オールプレス副社長兼CTO(左)とスタン・ボーランド社長兼CEO(右)[画像のクリックで拡大表示]

 同社は2002年設立。5年間かけてまずは日本市場にターゲットを絞り,ソフトウエア・モデムを使ったHSDPAカードの製品化に取り組んできた。その結果登場したのが,ソフトバンクモバイルが6月に発売したHSDPA対応データ通信カード「SoftBank C01SI」(セイコーインスツル製)だ。

 同社のスティーブ・オールプレス副社長兼CTO(写真5)は,「ソフトウエア・ベースのベースバンド・チップの商用化は世界初。ソフトウエア・ベースとなっているため,チップのサイズを小さくでき,スループットも高い。さらには機能のアップグレードも容易」とメリットを強調する。

写真6●英アイセラの本社
写真6●英アイセラの本社
ブリストルから車で30分ほど離れたビジネス・パーク内にある。[画像のクリックで拡大表示]

 日本市場に先行して投入した理由については,「世界で最も通信環境が進んだ国であり,品質の要求も高い。日本で受け入れられれば世界で受け入れられる」(オールプレス副社長兼CTO)と説明。世界市場に向けて鼻息も荒い。

 ちなみに同社の本社はブリストルの中心部から車で30分ほど北に上ったビジネス・パーク内にある。ここには英国らしい古い石造りの家は見当たらず,シリコンバレーと見間違えるような光景だ(写真6)。オールプレス副社長兼CTOは「周囲には協力会社も多く,ビジネスを進めやすい土地」と語る。

英国通信ベンチャーは足場を築けるか

 これらの新しい英国ベンチャーは,世界の通信業界に足場を築きつつある。斬新なアイデアと熱意を武器に,これらの企業は新しい世代のシスコやクアルコムになる可能性もある。もっとも,大手通信ベンダーの巻き返しも予想されるため,まだまだ険しい道が待っているかもしれない。シリコンバレーや老舗の通信ベンダーだけではない,欧州発の新たな動きに今後も注目していきたい。