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 マイクロソフトが2006年11月30日に「Windows Vista」を企業向けに投入してから,間もなく1年になる。マイクロソフト日本法人の幹部は,「企業におけるVistaの導入は,XPの投入時と比べて10倍のペースで伸びている」「発売から1年半で導入率50%超を目指す」と述べるなど,強気な姿勢を崩していない。しかし,実態は順調という言葉からはほど遠いものだ。

 「Vistaを導入すべき理由がない,という顧客企業が多い」──。ある大手パソコンメーカーやSIerの担当者は,そんな実情を打ち明ける。複数の大手パソコンメーカーへの取材から推定すると,パソコンの出荷ベースでの企業向けVistaの導入率は,2007年9月の時点で10%程度にすぎない。別のメーカーの担当者は,「当面はXPにダウングレードしてでも,顧客の要望に応えてXP搭載パソコンを出荷する」と説明する。

 企業が新しいOSの導入に慎重な姿勢を示すのは,今に始まったことではない。企業は旧バージョンのOSを前提に情報システムを構築しているので,既存のシステムや導入済みのソフトウエアとの互換性を検証したり,ソフトが新OSに対応するのを待つ必要がある。2001年11月にマイクロソフトがWindows XPを投入した時も,こうした事情があることから,やはり企業に浸透するまでに時間がかかった。

 ところが今回のVistaへの移行では,従来とは明らかに異なる動きが水面下で起きている。それは企業の情報システムにおいて,パソコンの役割が変わり始めていることだ。

低下するWindowsへの依存度

 これまで企業におけるパソコンの位置づけは,ワープロや表計算などのソフトをインストールして動かすための機械だったと言える。パソコンがすべてのデータを処理するので,高機能なソフトを動かしたり複雑な処理をさせたりするには,より高性能なパソコンが必要になった。

 そんな“常識”が,企業に高速なネットワークインフラが整備されるようになったことで,根底から覆され始めている。サーバーにインストールした業務アプリケーションをWebブラウザから呼び出して使うWebアプリケーションや,SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の存在感が増してきたのである。

 WebアプリケーションやSaaSでは,データはサーバー側で処理するので,必ずしもパソコンが高性能でなくてもいい。Webブラウザで動くアプリケーションだけを使うならWindowsにこだわる必然性もないし,XPのままでも問題なく動作する。シンクライアントのような記憶媒体を持たないコンピューターが,情報システムのクライアント端末として存在感を増していることも,こうした需要の高まりを示している。

 もちろん現時点では,Windowsで動作するOfficeなどのソフトは企業内で重要な位置を占めている。だからといって,もはや企業にとってWindowsがVistaである必然性は薄い。大手SIerやパソコンメーカーの担当者は,こう口をそろえる。「顧客はVistaに移行する際の問題点として,Internet Explorer(IE)がバージョン6から7に変わることを非常に気にしている」。一部の企業においては新しいOSの是非ではなく,Webブラウザの互換性が議論の対象になっているのだ。

 それでもVistaは自然に普及するだろう。しかし,5年後や10年後にはどうだろうか。従来型のソフトが完全に消えることはないにせよ,企業の情報システムにおけるWebアプリケーションやSaaSは,間違いなく今以上に存在感を増しているはずだ。その時にWindowsがクライアント端末のOSとして主流であり続けられるのかどうかは,今のままでは不透明だと言わざるを得ない。

パソコン時代のエコシステムの限界

 マイクロソフトの歴史はパソコンの歴史でもある。そこで覇権を握ることができたのは,パソコンメーカーや半導体メーカーと密接な関係を築き上げてきたことが奏功したからだ。より高度な機能を搭載した新しいWindowsやOfficeをマイクロソフトが投入すれば,それをユーザーが導入し,最新のCPUを搭載した高性能パソコンの需要が呼び起こされる──。そんな循環を作り出すことで,マイクロソフト,パソコンメーカー,半導体メーカーは共存共栄の仕組みを築きあげてきた。それを彼らは「エコシステム」と呼ぶ。

 ところが,このパソコン時代のエコシステムには限界が見えてきたように思える。ソフトの実行環境がサーバー側に移り,クライアント側で“重い”OSやソフトを動かす必要がなくなれば,高性能なパソコンの需要は減るからだ。

 あるパソコンメーカーの担当者は,こんな本音を漏らす。「顧客企業が求めているのは,シンプルで“軽い”Windows。例えば『Vistaライト』ような製品だ」。WindowsのOSとしての基本機能は成熟しているので,「これ以上OSを複雑で“重く”しないでほしい」というユーザーからのメッセージが,そこには込められている。

 こうしたネットワーク時代ならではのパラダイムシフトは,確実に進んでいくはずだ。2007年6月の技術者向けカンファレンス「Tech・Ed 2007」で,米マイクロソフト幹部が「将来のビジョンを語るのはやめる」と述べたのも,端境期において将来のビジョンを示すことの難しさをマイクロソフト自身が認識していることの表れだろう。

 パソコン時代の覇者であるマイクロソフトにとって,この現実を直視することは,過去の成功体験を否定することにもつながる。だからといって抜本的な手を打たなければ,たとえ今回Vistaが普及したとしても,WindowsというOSの未来はない。それどころか,マイクロソフトの未来までもが危ういように思えてならない。

 もちろん,マイクロソフトはサーバー用のOSやソフトを強化するなど,ネットワーク時代への対応を急いでいる。しかし最近の決算を見る限りでは,パソコン時代のOSとソフトからの収益に依存する体質から脱却し切れていないのが現実だ。パラダイムシフトが進むのが先か,マイクロソフトの構造改革が進むのが先か。水面下で進む静かなデッドヒートの結末は,そう遠くない将来にやってくることになるのだろう。