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 日本のIT業界の競争力が弱い一因として,「大学で実践的なIT教育が行われていない」ことが,よく指摘される。大学で実践的な教育を行っていないために,企業側では,新入社員を入社後にコストをかけて教育せざるを得ない。これが,コスト競争力を削いでいる。学生側も,現実のシステム開発に即した教育がないために,仕事のイメージがつかめない。結果的に「IT業界に夢を持てない」ことにもつながっている。

 海外に目を転じれば,実践的なIT教育のために,企業自身が大学を設立しているケースも多い。企業が必要なスキルを持つ優秀な人材を大学で育成できるので,入社した卒業生が,その企業にとっての大きな原動力になる。

 例えば韓国では,サムスンなどの企業が情報通信省や電子通信研究所と共同で,IT専門大学のICU(Information and Communication University)を1997年に設立している。ドイツでは,98年に独SAPの創設者の一人Hasso Plattner氏が,ポツダム大学内にIT専門学校のHasso Plattner Instituteを設立。ベトナムでは,大手システム・インテグレータ,FPTソフトウェアの親会社FPTコーポレーションが2007年にIT専門大学のFPT大学を設立している。

 こうした状況の中,危機感を持った企業が主導する形で,日本でもようやく大学における実践的なIT教育が本格化してきた。

 その先駆けとなったのが,日本IBM,富士通,新日鉄ソリューションズなどの国内ITベンダーが北海道大学大学院に寄付講座を開設した「北大ITトップガン育成プロジェクト」(開講は2003年4月)。講座は各企業の寄付金で運営し,企業が講師も派遣した。このプロジェクトの成果は書籍にもなっている(「ソフトウェアエンジニアリング講座1 ソフトウェア工学の基礎」など)。

 2005年6月には,日本経済団体連合会(経団連)の「高度情報通信人材育成部会」(部会長はNTTデータの山下徹社長)が,「産学官連携による高度な情報通信人材の育成強化に向けて」という提言を発表。経団連は2005年末に,この提言を具体化するための重点協力拠点として筑波大学と九州大学を選定し,この4月から実際に講義が始まっている。

 コース名は,筑波大学大学院 システム情報工学研究科「高度IT人材育成のための実践的ソフトウェア開発専修プログラム」と,九州大学大学院 システム情報科学研究院「次世代情報化社会を牽引するICTアーキテクト育成プログラム-社会情報システム工学コース」。各コースには,二十数人の学生が在籍中だ。この2つのコースは,文科省の「先導的ITスペシャリスト育成推進プログラム」の対象にもなっている。

 4月からの一学期の間に,両校で延べ約100人もの非常勤講師を企業から動員した。講師はみな,極めて優秀なエンジニアという。企業側が「ダメな講師を出したら会社の恥」と考えて優秀なエンジニアを派遣したためだ。この夏には,学生や企業の非常勤講師などが東京に集合し,学生が皆の前で授業の問題点などを堂々と報告した。それを見た非常勤講師は「ひ弱かった奴らが立派に育った」と,このプロジェクトの成果を確信したという。

 こうした実践的なIT人材育成をさらに推進するために,この9月には,総務省が「高度ICT人材育成に関する研究会」を発足させた。研究会では,

(1) 我が国において求められる高度ICT人材像について
(2) 高度ICT人材育成に必要な育成プログラムについて
(3) 高度ICT人材育成を促進するためのナショナルセンター的機能を有する人材育成機関・機能の在り方
(4) 高度ICT人材育成にあたっての産学官の役割と連携推進
(5) グローバルな観点からの高度ICT人材育成(海外高度ICT人材育成機関との連携等)
(6) 産業界における高度ICT人材育成環境の在り方

を検討するとしている。中でも興味深いのが,(3)の「高度ICT人材育成を促進するためのナショナルセンター的機能を有する人材育成機関・機能の在り方」である。筑波大や九大のようなプロジェクトが,今後もずっと続く保証はない。そこで「実践的なIT人材育成を支援する永続的な組織を作ろう」という構想だ。

 サッカーの世界では,日本サッカー協会のが97年に開設したナショナルトレーニングセンターが,ユース育成において中心的な役割を果たしている。IT業界でも,ソフトウエア・エンジニアリングの普及を目指したナショナルセンターである「ソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)」が2004年に発足している。

 北大,九大/筑波大と続いた,産学連携によるITの実践的教育の火を消さないためにも,ぜひIT人材育成のためのナショナルセンターを実現してほしいと思う。