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 年金手帳,健康保険証,介護保険証の3つを統合した「社会保障カード(仮称)」の導入に向けた動きが本格化してきた。「国民が一人一枚所持するICカード」という方向のようである。「個人情報保護の問題に留意して進めるべき」といった指摘は各方面から出ると思われるので,今回は違った角度から疑問点を述べてみたい。

 政府(厚生労働省)は,昨年12月21日に開催された「社会保障カード(仮称)の在り方に関する検討会」で,「社会保障カード(仮称)に関する議論のための検討メモ(案)のポイント」という文書を提出した。この文書に列挙されている利用者のメリットには,「自分のレセプト情報や特定健診情報,介護サービスの費用に係る情報を安全にオンラインで確認できる」「自宅のパソコン等からいつでも,自分の年金記録を確認することができる」といったものがある。だが,このような「ICカード・ネット・家庭」の3点セットを前提としたサービスが,はたして普及するのだろうか。

 社会保障カードと実質的にセットでIT戦略本部が検討している「電子私書箱(仮称)」においても,やはり「ICカード・ネット・家庭」によるサービスが目玉になる。「電子私書箱」とは,「医療機関や保険者等が個別に保有している情報を,希望する国民が自ら入手・管理できる」というものだ。社会保障カードで個人を認証して,ネット上の「電子私書箱」から利用者は各種情報を一元的に入手できるというわけである。

 「ICカード,インターネット,家庭のパソコンという組み合わせのサービスは,民間のサービスも含めて普及しているものは見あたらない」--政府の電子政府評価委員であり,住民視点からの電子行政サービスについて提言を続けている電子政府コンサルタントの牟田学氏は指摘する。そう言われてみると確かに,私にもそうしたサービスは思い浮かばなかった。

 「サービスを利用してもらうこと」に関して,おそらく政府の何倍も深く掘り下げて取り組んできたであろう民間企業において,「ICカード・ネット・家庭」というの3点セットによるサービスはほとんど採用されていない。この現実を,電子政府関係者はもっと深刻に受け止めたほうがよいと私は思う。

住基カードの轍を踏まないために,民間の既存サービスの活用を

 政府は住基カードの失敗から何を学んだのだろうか。住基カードは普及がなかなか進まず,ましてや家庭のパソコンからの電子申請にはほとんど使われていないのが現状だ。個人が電子申告すると,2007年と2008年分については一人一度に限り所得税が5000円還付されるため,ここに来て住基カードの発行枚数は伸びてきているようだが,まだまだ「普及した」とはとても言えないレベルだ。

 一人一枚配布する社会保障カードの方が,住基カードと比べれば利用されやすい素地はあるだろう。とはいえ,社会保障カードの利用者のうち,特に介護サービスを受けている層について言えば,一般的にパソコンやネットのリテラシーが高くない人が多いであろうと推測される。政府は,「ICカード・ネット・家庭」の3点セットを前提としたサービスが介護サービス利用者と親和性が高いということを,どのような根拠で確信しているのだろうか。

 「なんとなく便利そう」なサービス提案ではなく,対象となる利用者層の人たちにとって本当に便利なのか,できるだけ多くの利用者から個別の生の声を聞いてみるべきだ。もし既に聞いているというのであれば,誰に,何を聞いて,どのような結果だったのかを公表すべきだ。

 そもそも,年金記録は今春以降,社会保険庁のサイトで事前に登録しておけば,IDとパスワードで閲覧ができることになっている(「社会保険庁からのお知らせ」)。コストの高い「ICカード」を使っての厳格な個人認証が本当に必要なのか。IDとパスワードだけでは不安な人には,例えば,現行の住基カードのICチップの空き領域などに認証機能を付加できるようにすれば済む。「利便性」を謳(うた)うなら,認証レベルも利用者が選べるようにした方がよいのではないだろうか。

 あくまで「IC」にこだわるというなら,「保険証としては,携帯電話の方が利便性が高まるのではないか」「民間の既存ICカードと互換性を持たせるべきではないか」と牟田氏は提言する。携帯電話なら普段から持ち歩いているので必要な時に使えるし,インターネットにアクセスして情報を取得する際にカードリーダーも不要だ。また,民間のICカードと互換性を持たせて,例えばクレジットカード機能を追加できれば,医療機関への支払いなどで便利になる。

 既に普及している民間のICカード(チップ)を活用しようという発想だが,既にこうした形でのサービスを実現している国もある。例えば,オーストリアでは国民IDカードの機能を,健康保険証のほか,携帯電話のICチップ,銀行のキャッシュカードなどにも格納できるようになっている(筆者追記:オーストリアのケーススタディを2008年1月31日に公開した)。

 政府の資料を見る限り,「社会保障カード」「電子私書箱」には検討事項が多く,まだ“アイデアレベル”の段階といえる。サービス開始の目標時期は,それぞれ2011年(カード),2010年(私書箱)となっているが,「ICカードありき」「目標時期ありき」で事を進めるのではなく,検討プロセスを利用者(国民)に広く公開し,必要に応じて軌道修正をしながら「使われる電子行政サービス」を目指すことを望みたい。住基カードがこれまで普及できなかったのは,「ICカード・ネット・家庭」の3点セットのサービスに魅力がなかったということだけでなく,利用者側の情報不足(から来る不信感)も大きな要因ではなかったか。