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 日本の特許庁ではLinuxを始めとする多くのオープンソース・ソフトウエアを活用している。さらにEU(欧州連合)の欧州特許庁でも,オープンソース・ソフトウエアを自ら開発して公開している。知的財産を保護する組織は,なぜ,どのようにオープンソースを活用し公開しているのか。

特許庁ではLinuxやSamba,Namazuなどを活用

PCT-RO国際特許インターネット出願の概要(特許庁の資料より引用)
図1●PCT-RO国際特許インターネット出願の概要(特許庁の資料より引用)
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 日本の特許庁ではメール・サーバーやファイル・サーバー,総合便覧Webシステム,閉鎖原簿システムと呼ぶシステムなどでオープンソース・ソフトウエアを利用している。

 このうちメール・サーバーやファイル・サーバーは,特許庁が「情報ネットワーク・システム」と呼ぶ同庁の中核システムの一つだ。以前は商用UNIX上のプロプライエタリなグループウエアを利用していたが,メールのデータ容量やファイル・サーバーの容量などが限界に近付きつつあった。さらに,人事異動などの際にパソコン上に保存したデータの移動が面倒,情報発信するためのサービスを部署がそれぞればらばらに購入していた,必要な情報を探すのに手間取る場合がある,など使い勝手にも問題があった。

 そこで,特許庁はシステムの刷新を決断。「想定する機能を実現するためには,プラットフォームからミドルウエアまでのソフトウエアを最小限の価格に抑える必要があった。そこでオープンソース・ソフトウエアに着目した」(特許庁 総務部情報システム室 青木隆貢氏)。2003年に稼働した新システムでは,Linuxサーバー上のsendmail,Sambaを利用し,個人用のネットワーク・ドライブや検索機能などを実現した。

 総合便覧Webシステムは,法規などをWebで閲覧する,特許庁内向けのシステム。メインフレーム上で稼働していたが,メンテナンス・コストが大きいことから2003年にLinux上に移植した。

 閉鎖原簿システムも同じく特許庁内向けのシステムであり,権利の消滅を登録した「閉鎖原簿」を管理する。閉鎖原簿は画像データとして記録されており,従来はCD-Rに納められ専用端末で閲覧されていた。しかし特定の専用端末でしか閲覧できなかったこと,スペースを占有していたことから,CD-Rからハードディスクへデータを移行し,2004年にシステムを構築した。

国際特許出願システムのIPAフォントを埋め込んだ受領証PDFファイル
図2●国際特許出願システムのIPAフォントを埋め込んだ受領証PDFファイル
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 総合便覧Webシステムおよび閉鎖原簿システムはJavaで開発し,Namazuやkabayakiなどの全文検索ツールを利用した。「システムを作りながら必要に応じてオープンソース・ソフトウエアをダウンロードし整備した」(青木氏)。

 またソフトウエアではないが,特許庁ではインターネット国際出願(PCT-ROインターネット出願)システムにIPAフォントを利用している。IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)オープンソース・ソフトウエア・センターが誰でも使える情報基盤として無償配布しているフォントで,多くのLinuxディストリビューションに採用されている。

 特許庁では当初,WIPO(世界知的所有権期間)が提供しているフリーフォントであるWIPOフォントを使用していたが,WIPOフォントがJISに対応していないことが判明。JISに対応したフォントの購入を検討したが,価格が高価であったことからIPAフォントを採用したという。

欧州特許庁が配布するオープンソースの国際出願システム

 特許庁では2007年1月にWeb経由のインターネット国際出願を開始した。現在,インターネット国際出願は,国際出願手続きの約6~7%程度を占めている。ちなみに,2006年までの国際出願の方法は「ISDN回線を利用したパソコン出願」,「紙出願」,「出願支援ソフトを利用し作成された磁気ディスク出願」の3つだった。

欧州特許庁がオープンソース・ソフトウエアとして公開している国際特許出願受付システム「eOLF」
図3●欧州特許庁がオープンソース・ソフトウエアとして公開している国際特許出願受付システム「eOLF」
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 実はこのインターネット国際出願の受付システム「eOLF」は,欧州特許庁がオープンソース・ソフトウエアとして公開している。European Patent Organisation Open Source Licenseと呼ぶライセンスで配布され,オープンソース・ソフトウエア開発プロジェクトをホストするサイトである「Sourcefoge.net」で公開されている。

 「"draft once, file anywhere"(一つの書類でどこにでも申請)を実現するためにeOLFをオープンソース化した」と欧州特許庁は言う。特許申請者が申請に煩わされずに本来の業務に専念できるように,ファイル形式だけでなくソフトウエアを公開することで完全に合致させることが狙いだ。

 特許庁は日本でのインターネット国際出願を開始するにあたって欧州特許庁から同システムの提供を受け,技術サポートを受けるためにMOA(相互協力協定)を結んでいる。

 「ヨーロッパ圏の各国特許庁では,大半がこのオープンソース受付システムeOLFを採用している」(青木氏)。欧州特許庁でも,2008年の中頃にインフラのソフトウエアとミドルウエアをオープンソース・ソフトウエアに切り替えることを検討しているという。

特許制度の本来の目的は

 知的財産の保護を役割とする特許庁が,オープンソース・ソフトウエアを採用する。さらに欧州では自ら開発し公開しているというのは,一見珍しい取り合わせにも思える。

 しかし原点に立ち戻ってみれば,特許制度の目的は特許権者の利益をはかることではない。特許法第1条には,「この法律は,発明の保護および利用を図ることにより発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とする」と書かれている。特許制度の目的は,発明者にインセンティブを与えることによってイノベーションを促進し,社会の進歩に貢献することだ。

 発明に巨額の投資を必要としないソフトウエアの分野では,特許権者に強力な権利を与えるよりも,むしろ知識を解放することが技術革新を促進するという「オープン・イノベーション」という考え方も支持を増やしている。その体現とも言えるオープンソース・ソフトウエアは,現実にイノベーションを次々と生まれる孵卵器(ふらんき)となっている。特許庁がオープンソース・ソフトウエアに積極的にかかわるのは,むしろ自然な流れと言えるのかもしれない。