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 「最近はノート・パソコンを持ち歩くビジネスパーソンがめっきり減ってしまった。“いつでも・どこでも”を目指してきたユビキタス・コンピューティングの夢はどうなってしまうのか」。――内閣官房情報セキュリティセンター 情報セキュリティ補佐官の山口英氏は,先月開催された「RSA Conference Japan 2008」における講演で,ITの利用が後退している現状についてこのように憂慮していたそうだ(関連記事)。よく言われているように,コンプライアンスに対する“過剰反応”が,ユビキタス・コンピューティングを後退させている一因なのだろう。

 ところで,この山口氏の発言は,行政機関については当てはまらないのではないだろうか。私の知る限り,かつても現在も,ノート・パソコンを持ち歩く行政職員は極めて少数派だ。IT関連部門に所属している職員に限ってみても同様である。極端な例かもしれないが,先日取材したある自治体は,IT化について様々な先進的な取り組みをしているのだが,職員は出張先では自分あてに来たメールが見れないそうである。行政機関において,ユビキタス・コンピューティングは「後退した」のではなく「もともと縁遠い」ように思える。

行政機関にユビキタス・コンピューティングは必要ない?

 ここ2~3年で政府が発表してきた様々なIT戦略を見てみると,そこには必ずといっていいほど「ユビキタス」という言葉が躍っている。代表例として,2010年までの国家IT戦略として政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)が策定した「IT新改革戦略」から引用してみよう。

本戦略のめざすものは,「いつでも,どこでも,何でも,誰でも」使えるユビキタスなネットワーク社会の実現であり,それによって世界最高のインフラ・マーケット・技術環境を有する最先端のIT国家であり続け,国民の視点に立って生活を向上・改革し続けることである。

 このような戦略に沿って行政のIT化も進められているはずなのに,行政機関にユビキタス・コンピューティングの導入が進んでいないのはなぜか。「IT新改革戦略」に眼を通してみればその理由はすぐに分かる。政府の考える「電子行政におけるユビキタス」というのは,どうやら「電子申請」のことらしいのである。そこには,「国民が,いつでも,どこでも,何でも,誰でも申請をしたりサービスを受けたりできるようにする」という発想はあっても,「行政職員が,いつでも,どこでも業務を行うことによってサービスを向上させたり業務を効率化させる」という発想は読み取れない。

 この方向性は,IT戦略本部が今年4月に公表した「IT政策ロードマップ 中間報告」でも変わらない。ここでは国民本位のサービスとして「ワンストップ」が大きく取り上げられている。「ワンストップ」が実現すれば便利になることは間違いないだろうが,動くのはあくまでも国民である。「行政職員が動く」という発想は見られない。電子政府を議題に4月に開催された「経済財政諮問会議(平成20年第6回)」でも,議事要旨や資料を見る限り,「行政職員によるユビキタス・コンピューティング」という方向性での議論は行われなかったようだ。

 民間側からの提言も見てみよう。日本経済団体連合会(日本経団連)が4月に発表した「国民視点に立った先進的な電子社会の実現に向けて」では,「2.わが国の電子行政の課題」として以下の項目を挙げている。

  1. シングル・ウィンドウによるイベント毎の申請手続きの完了
  2. 申請,バックオフィス業務,利用者への通知までの一貫した電子的処理
  3. バックオフィス業務の可視化による行政手続の透明性の確保
  4. 国民の自己に関する行政情報の開示
  5. 民間サービスと連携
  6. 社会保障でのICT利活用の推進

 ここにおいてもやはり,「行政職員によるユビキタス・コンピューティング」という視点はない。

 もちろん,電子申請の使い勝手の向上やバックオフィス業務の効率化といった,現在の戦略で掲げられているテーマは重要だ。だからといって,電子行政の将来像について考える際に,「行政職員によるユビキタス・コンピューティング」についての検討がなくて良いのだろうか。行政機関のなかでも,特に地方自治体では“現場”での業務も少なくない。今のところは制度上の制約が多かったり,(情報漏えいのリスクに)現場が萎縮して動けないということもあるのかもしれないが,「ユビキタス」や「モバイル」がもっと活躍する行政業務の将来像を描くことができるのではないだろうか。それとも,行政機関においてはユビキタス・コンピューティングは必要ない/重要ではないということなのだろうか。