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 拝啓 ビル・ゲイツ様。

 初めてお便りします。

 あなたが「引退」する日が近付いてきました。この7月でマイクロソフトの経営の一線から退き、自身が設立した慈善財団の運営に注力すると聞いています。

 今回、私がお便りすることを思い立ったのは、「ビル・ゲイツの引退」が何を意味するか考えてみたからです。

 あなたはかつて自著「The Road Ahead(邦題「ビル・ゲイツ 未来を語る」)」でこう述べています。

コンピュータ技術の進展の中で、ある時期の業界リーダーは次の時期のリーダーになれなかった。

 この言葉が真実ならば、マイクロソフトはIT産業の主役の座を明け渡すことになります。そして予言は半ば的中しようとしているように思えます。現在のIT産業は大きな変化の真っ最中にあるからです。

 あなたの引退自体で何かが大きく変わるわけではありません。マイクロソフトの発表によれば、これまでのフルタイムからパートタイムに変わるものの、あなたは7月以降もマイクロソフトの会長職にとどまり続けます。

 業績も絶好調です。2007年度(2006年7月~2007年6月)の売上高は511億ドル(約5兆1100億円)、営業利益は185億ドル(同1兆8500億円)。売上高営業利益率は何と36%にもなります。この6月に終わる2008年度も、売上高は600億ドルに迫る勢いを見せていますね。

 それでも私は言います。IT産業の主役が交代するということを。

 ビル・ゲイツ氏といえばやはりWindows、そしてWindowsによってITの主役に躍り出たパソコンとソフトウエアです。「ビル・ゲイツの引退」は「パソコンとソフトウエア」時代の終わり、そして「ネットとサービス」時代の始まりである。私はこう考えるのです。

「パソコンとソフト」から「ネットとサービス」へ

 これまでのIT産業の歴史を大ざっぱに分けると、「メインフレーム時代」「パソコンとソフトウエアの時代」と言えます。それぞれに主役となった企業がありました。

 第一世代であるメインフレーム時代の主役は米IBMです。1964年に出荷した「System/360」の大成功を機に、一時は米国のコンピュータ市場の8割を占めるほど隆盛を極める「メインフレーム時代」を築き上げました。

 続くパソコン時代の始まりは1975年、マイクロソフトの創業でしょう。IBMとメインフレームが支配していたITの世界を、ゲイツ氏とマイクロソフトはパソコンとWindows、そしてソフトウエアの力で置き換えました。IBMのパソコン「IBM PC」向けのOSである「MS-DOS」を開発し、一気に影響力を拡大。1995年の「Windows 95」登場で、パソコン時代とマイクロソフトの地位を決定的なものにしました。

 そして今、次の時代が始まろうとしています。時代の象徴だったOSの存在、ソフトウエアの提供形態、コンピュータのあり方。すべてが様変わりしつつあります。

 これから始まるのは「ネットとサービス」の時代でしょう。データセンターにある多数のコンピュータ資源に、ユーザーがインターネット経由でアクセスする。コンピュータ資源の物理的な場所や構成を意識することなく、必要な機能(サービス)だけを利用できる。ユーザーに必要なのはWebブラウザだけ。OSやハードウエアの種類、コンピュータを利用している場所すら気にする必要はなくなります。

 この現象を「クラウドコンピューティング」と呼んだりもします。登場したての言葉で、バズワードにすぎないという人もいます。とはいえ、ネット上にある無尽蔵なコンピュータ資源を必要に応じて利用するという処理形態、これが広がっているという現象自体に異論の余地はないでしょう。

 クラウド時代は始まったばかりで、主役になるベンダーはまだ判然としません。今のところ他を1~2馬身リードしているのはグーグルでしょう。高精度の検索技術を掲げて登場したグーグルは、検索単語に応じて表示する広告から得る収入を基に、次々と無料ネットサービスを打ち出しています。今では無料サービスがグーグルの利用者を増やし、さらに広告収入を増やすという好循環を確立しました。

 マイクロソフトの買収の標的にされたヤフーもしたたかに巻き返しを模索しているようです。その名も「Y!OS」と呼ぶ次世代戦略を4月に発表しました(関連記事)。ヤフー自身をインターネット時代のOSにしたいという狙いが伺えます。

 この12日には、ネット広告事業でグーグルと提携すると発表しました(関連記事)。御社からの再三のラブコール(それに少しの脅し)も、とうとう届きませんでしたね。

 ほかにも仮想化技術やネットとデスクトップの境目をなくすRIA(リッチ・インターネット・アプリケーション)技術など、OS中心だったIT産業の既存秩序を変える技術が多数登場しています。

 まさに群雄割拠の様相ですが、マイクロソフトも「連覇」を諦めているわけではなさそうですね。4月には新しいオンラインサービス「Live Mesh」を発表しました(関連記事)。チーフ・ソフトウェア・アーキテクトとしてあなたの跡を継いだレイ・オジー氏は「すべての製品をネットとサービスに対応させる」と宣言していますね(関連記事)。

 先の著書であなたは冒頭の発言を受ける形でこうも述べています。「わたしはこのジンクスに挑みたい。<中略>その境界を越えるはじめての例になりたい」。

 この言葉が成就するかどうかがわかるのは5年後でしょうか。今から興味は尽きません。末筆ながら財団の活動とマイクロソフトでの「パートタイム活動」に、これからも注目しております。

敬具

追伸
そういえばWindows Vista出荷後のある雑誌インタビューで、「次期Windowsの開発にも全面的に関わるつもりだ」と発言していましたね。実はマイクロソフト経営に「フルタイム」で復帰する可能性は残っているのではないですか?