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専門用語に頼らず、事の本質を書く

 「与えられた諸条件を満たしつつ所定の成果を一定期間内に出す活動」をいかにうまく進めるかは、情報技術の世界においても重要な話である。この原稿が公開される電子媒体にも専門の場所がある。ただ、こうした活動をうまく進めるために検討すべき事柄をまとめた知識体系があるのだが、これまた米国産であり、英略語の固まりになっている。そもそも、その知識体系の名称もまた英略語で表現されている。

 これらすべてを日本語にしろ、というつもりはないが、「与えられた諸条件を満たしつつ所定の成果を一定期間内に出す活動」に関わる利害関係者や当事者の人達に、その活動の面白さ、やり甲斐、成功させる勘所を理解してもらうためには、英語の濫用を控えるべきであろう。「自分が家庭で使つて来た日常語を以て」説明できるくらいでないと、様々な関係者を活動に巻き込めない。

 そんなことをずっと思っていたので、つい最近、出版された「大学において、与えられた諸条件を満たしつつ所定の成果を一定期間内に出す活動を進める秘策」に関する本を読んで大変関心した。その本の帯には「大学は人と組織次第でまだまだ伸びる。最大の活力を引き出し、成果につなげる秘策を大公開。こうすれば動き!こうすれば変われる!」と書かれており、英略語は使われていない。あくまでも大学関係者が大学関係者向けに書いた本なのだが、「大学」とあるところを「非営利組織」を読み替えれば大学以外の組織で仕事をしている人にも役立つ。いや、「大学」を「企業」に読み替えてもよい。どんな企業であっても「人と組織次第でまだまだ伸びる」はずであり、「最大の活力を引き出し、成果につなげる秘策」は誰でも知りたいところである。

 本文を見ても、普通の日本語で難しい話を実に分かり易く書いている。例えば冒頭で「与えられた諸条件を満たしつつ所定の成果を一定期間内に出す活動」とは何かと問いかけ、ずばり「発想に形を与えること」と定義している。なるほど、これなら楽しい話になりそうだ。同書は、こうした活動は一度はじめると面白くてやめられないものだ、という主張で貫かれている。「発想に形を与える」どころか、逆に「わがままばかり言う人達の意見を調整し、なんとか言われた通りのものを作る仕事」になってしまうと、あの不愉快な労働環境の悪さを示す英語もどきが出てきてしまう。

 所定の成果を一定期間内に出す活動に集まった人達をうまく動かすために、同書においては「弱みの矯正より強みを伸ばす」「異才を積極的に受け入れる」「定期巡回」「期待値を告げる」といった要諦が列挙されている。集団を動かす仕事をした経験者であれば、こうした要諦を見ると「その通り」と膝を打つに違いない。これを英語にしてしまうと分かった気にはなるが、膝まで打つには至らない。

 「与えられた諸条件を満たしつつ所定の成果を一定期間内に出す活動」を「うまくやる方法」は通常片仮名で表記され、しばしば英二文字で表現される。それについて同書は次のように明記している。

 集まった人達がそれぞれの機能を果たし、楽しく生き生きと活動することを保証するためのものです。あるいは進展のための次の一手や、拡大する道筋を生み出す活動です。日本語でいうところの「管理」とは、意味も役割も異なります。(一部片仮名を変換)

 まったくその通りである。電子計算機設置場所に動員された情報技術者の点呼をとったり、「ああしろこうしろ」と管理することが仕事であると錯覚している管理者に、同書の一読を強く薦めたい。今回の原稿においては英語と片仮名表記を一切排除してきたが、それを貫くと同書を紹介できないので、書名だけはそのまま表記する。『大学は「プロジェクト」でこんなに変わる』という本である。

 最後に署名をしなければならないが、肩書きとして筆者が関係する媒体名を書こうとすると、どれを選んでも片仮名あるいは英略語が入ってしまう。そもそも社名にも英語が入っているくらいだ。悩んだ末、今回は次のように簡単に表記することにした。