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 ショッキングな数字が明らかになった。NTTドコモの第1四半期決算で,同社の2008年4月から6月の端末販売台数が,前年同期と比べて129万台も少ない495万台に止まったのだ。端末の販売台数が前年同期と比べて実に2割も減った形になる(関連記事)。ここまで急激に端末の販売台数が落ち込むことは,日本の携帯電話市場が経験したことがない事態だ。

 主な原因は,販売奨励金を廃止し割賦を導入した新販売モデル「バリューコース」によって,端末の販売価格自体が高くなったことである。「価格が高騰したことにより買い控えが起きた」と同社は分析している。割賦による新販売方式によって買い替えサイクルが長期化したことや,携帯電話の加入者数が1億人を超えたことで以前のような契約数の伸びを期待できなくなったことも要因だろう。日本の携帯電話市場が大きな転換期を迎えていることは間違いない。

 ではこれから日本のケータイはどこへ向かうのか。このまま端末の売り上げが鈍化し,市場は縮小均衡に入るのか。それとも別のビジネスモデルに活路を見出すのか。

 7月末に開催されたモバイル関連の展示会「ワイヤレスジャパン2008」の基調講演からは,このように成熟期を迎えたモバイル市場に対して,携帯電話事業者が戦略を転換する方向性が鮮明となった。これまでの加入者数を拡大するという“量”を取る戦略から,ユーザーの満足度を向上する“質”の追求への転換だ。

 ちなみに携帯電話の契約数について,人口の100%以上に達する国は世界には多く存在するため,「まだ市場は伸びる」という声もよく聞く。しかし100%を超えている国では,SIMカードを音楽CDの“おまけ”として添付するような販売方法もあると聞く。増えているのはSIMカードの枚数だけなので,市場の拡大を表しているとは言い難いのが実態だ。

ドコモとKDDIがエージェント機能の搭載へ,ケータイが“秘書”になる

 携帯電話事業者の次の一手として具体的に見えてきたのが,携帯電話へのエージェント機能の搭載である。NTTドコモの山田隆持社長はワイヤレスジャパン2008の基調講演で,「例えば,あらかじめ携帯電話に自分の通勤経路を設定しておくと,携帯電話がサーバーと連携して出発前にその経路の運転見合わせ情報などを教えてくれる。お気に入りの野球チームをあらかじめサーバーなどに登録してくれると,試合日程や試合結果などをプッシュで教えてくれる。このような行動支援型のサービスを,秋冬モデルから一部始めたい」と語った(関連記事)。言ってみれば携帯電話が個人秘書のように利用者の手助けをしてくれるようなサービスだ。こうしたサービスによって,携帯電話を質的に向上し,新たな収益確保を狙いたい考えを示す。

 KDDIの小野寺正代表取締役社長兼会長も,ドコモと同様に携帯電話へのエージェント機能搭載を目指す方向を示す(関連記事)。「携帯電話はこれまでの人と人の間を結ぶパーソナル・ゲートウエイとして役割から,ユーザーの状態や環境,行動履歴などの情報に基づいて個々のユーザーにとって最適な情報やサービスを提供するパーソナル・エージェントに変わる」とした。

 携帯電話はユーザーが肌身離さず持ち歩く機器であり,携帯が搭載する認証機能やGPS機能を使えば,ユーザーの行動履歴や位置情報を蓄積できる。これらのデータを活用することで,利用者が欲しい情報をタイミングよく知らせることが可能になるだろう。さらに言えば,FMC(Fixed Mobile Convergence)サービスの導入によって,ユーザーが位置しているエリアを通信経路で識別できる。家の中から外のエリアに移動したことをシステムが検知できるからだ。エージェント機能には,このデータも活用できる。

 NTTドコモの山田社長は「例えば油絵の好きな利用者が銀座の歩行者天国を歩いていたとする。たまたま銀座で油絵の個展がやっていてそれが夕方5時までの場合,プッシュで利用者にお知らせする。このように生活密着的で価値がある時間が短い情報の提供を,携帯電話のエージェント化で目指したい」と語る。

ケータイの行動履歴は宝の山

 このように考えると携帯電話を利用したビジネスは,まだまだ大きな可能性が残されていることに気が付かされる。インターネットの世界では,ユーザーの行動履歴をつかんだ米グーグルや米アマゾンといったプレーヤーの優位は揺るがない。携帯電話の世界では,インターネットの世界と同様の行動履歴に加えて,現実の世界とリンクできる位置情報も扱える。今後,携帯電話からインターネットへアクセスするユーザーがますます増えることを考えると,大きな宝の山がそこにあることが分かるだろう。

 これまでのインターネットは,検索によってプル型で情報を得ていたが,携帯電話のエージェント化が進めば,携帯電話が薦めてくれる情報をプッシュで受け取るような形が自然になるかもしれない。いかに自分に合った情報を精度高く届けてくれるのか。利用者の可処分時間は限られているので,携帯エージェントの人工知能化による機能の競争が近い将来には始まりそうだ。

 先日NTTドコモを退社した夏野剛 慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授も,7月に日経コミュニケーションが主催したセミナーで「生活ケータイに続く携帯電話のコンセプトは“人工知能(AI)”だ」と答えた。「携帯電話は利用者の情報を取得する能力も持っており,ネットの世界の行動だけでなく,現実世界の行動も追跡できる。既に携帯電話には言葉の解析機能やガイダンス機能,GPS情報があるので,それをAIによって統合するだけ。決して夢物語ではない」(夏野氏)。

 もっともこのような利用者の行動履歴を狙うのは,携帯電話事業者だけではない。米グーグルや米アップルも端末プラットフォームを通じて“ケータイの秘書化”を狙っているようにも見える。日本の携帯電話市場は,機能面だけでなく,ビジネス上の課題の面でも先進国となっている。日本のケータイの次の一手は,世界の携帯電話市場がこの先に向かう方向を示すかもしれない。