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ソフトウエアは人を縛る

 「ソフトウエア無くして仕事を進められない」状態になり,その結果,かえって窮屈になる問題を大前研一氏も指摘していた。2006年10月25日,日経コンピュータ創刊25周年の記念セミナーを開いた時,『「答えのない世界」を生き抜く鉄則』と題した基調講演の中で大前氏は次のように述べた。発言の中の「IT」「システム」を,「ソフトウエア」に差し替えて読んでみて頂きたい。

 ITは色々プラスをもたらしますが,必ず,マイナスがある。それは,人々を縛るという側面です。いいシステムをがっちり作って従業員がその通りにやり始めて,日経コンピュータ誌の評価で見ると素晴らしい,となった頃には,ITが従業員を縛ってしまい,従業員は何も考えないで仕事をやるようになってしまいます。こういう側面を見落としてはいけません。今見るとすごくいいシステムだと,人もうらやむシステムだと言うけれども,そうなると人は考えなくなります。そしてシステムのアウトプットだけ見るようになる。
(中略)
 皆さんはITを強化して素晴らしい情報システムを作っていかなければいけない。そして,日経コンピュータのランキングに入る。そこまでは名誉なことです。でも,その瞬間,人間の怠惰な性癖,つまりITに人間が依存してしまうという問題に直面する。そうすると,お客さんの顔が見えなくなるとか,会社の中の深層心理が見えなくなるとか,外部への情報漏洩を恐れて,がちがちの管理ができるようにしたら,社員のほとんどは仕事をやる気がしなくなっているとか,困ったことが次々に起きる。

 ITによって,こういう心理面がおろそかにされるということが最大の問題です。したがって,ある時はITを使って加速する。そのITでがちがちに固まってきた時には,それまでやってきたことを破壊する。このリズムが会社の経営にとって最も大切なんです。

 「それまでやってきたことを破壊する」とは,「ソフトウェアをもっと柔らかくしてみる」(『ソフトウェア入門』)こと,あるいは凝り固まったソフトウエアを破棄し,最初からやり直すことと同義である。それには,「そのための手間暇と,柔らかくしたことによるリスクに対する対処を考慮しなければならない」(同)。

ソフトウエアを柔らかくするには「内製力」が必要

 古くなったソフトウエアの問題は,以前筆者が提唱した西暦2007年問題そのものである。この問題についてはITproの読者を交えて議論し,その結果を『再考二〇〇七年問題 解決への道筋』,『再考二〇〇七年問題 私はこう考える』といった形にまとめてあるのでご参照頂きたい。

 結局のところ,ソフトウエアの硬化問題(2007年問題)に対処するには,腹をくくって,「それまでやってきたことを破壊する」しかない。だが,そこで困ってしまうのは,企業にソフトウエアの「破壊と創造」をする力が失われていることだ。本来であれば,システムを社員だけで作ることができる「システム内製力」を持っているべきだが,その力を持つ企業はどの程度あるだろうか。

 この点について,日経コンピュータの8月1日号に,『「システム内製」こそ理想の姿』と題した短文を寄稿した。以下に再掲する。

 自社で利用する情報システムを内製する,すなわち社員が企画,設計,プログラミングする,これが理想の姿である。こう書いたら,IT(情報技術)ベンダー企業から「時代錯誤もはなはだしい」と言われるだろう。SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の時代が来たにもかかわらず,システムを手作りするとは何事か,しかも社員の手を煩わせるとは有り得ない話,と決めつけられそうだ。一方,長年にわたって開発や運用を担当してきた情報システム部門の責任者の方であれば「昔はやっていたし,本来そうすべき。だが,今の陣容では内製など無理だ」とつぶやくに違いない。

 システムの内製に関して筆者は,「理想」だとは言っているものの,何が何でも内製すべき,とまで主張するつもりはない。理想はあくまでも理想であり,現実は違うからである。といって,ユーザー企業は本業に専念し,システムの開発や運用は外部の専門家であるITベンダーに任すべし,これがあるべき姿だ,などという主張は間違っており,賛成しかねる。

 企業の戦略にそった基幹システムを企画し,設計し,開発するにあたって,企業の中にいる社員だけでやり切ることができれば,それが一番早いし,結果として安くつく。戦略変更時にも素早くシステムを修整できる。開発ノウハウも蓄積できる。

 内製について改めて書こうと思ったのは,内製をほぼ実現しているユーザー企業数社から相次いで話を聞く機会があったからだ。その1社は,引っ越し大手のアートコーポレーションである。システム責任者を含め,情報システム部門の人数は6人。うち3人が引っ越し業務の基幹システムを担当,残り2人がWebサーバーを使ったフロント系システムを担当している。基幹システムの原型はコンピュータ・メーカーに開発を依頼したが,動かして以降は社内で追加開発と保守をしており,事実上の内製と言える。昨年,別の引っ越し会社を子会社にした際,わずか3カ月で子会社の業務をアートコーポレーションの基幹システムで処理するようにできた。外部の企業が絡んでいたら,ここまで迅速な対処は難しかっただろう。

 もう1社は,ビジネス・ブレークスルー大学院大学である。インターネットや衛星放送を介して教授陣が講義をし,学生が意見交換するシステムを内製している。システムの仕様を自らまとめた大前研一学長は「かつてのパソコン通信のように,オフラインでも意見を書き込め,後からアップロードできるようにしたい」と考え,パソコン通信システムの開発経験があるエンジニアを探し,雇い入れた。「システムを毎日使っている我々が改善案を出し,自分で直していく。これを繰り返すことで,使いやすいシステムが出来上がった」(大前学長)という(注:ビジネス・ブレークスルー大学院大学のシステム内製化については,大前氏自身が説明している動画『「大前自作システム」で学ぼう』を制作したので,こちらもご覧になって頂きたい)。

 かつてNTTにおいて交換機ソフトウエアの内製化に取り組んだ石井孝氏(元常務)は次のように指摘する。「すべてを一からプログラミングする必要はないが,内製力を持っていない限り,IT関連の仕事を委託する外部企業の仕事ぶりを管理することは難しい」。内製に戻るのは現実的ではないかもしれない。それでも,内製によって培うことができた管理能力を企業内にどう育むか,という課題は避けて通れない。