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 2008年9月末,ついに米グーグルの携帯電話開発プラットフォームAndroidを採用した端末「T-Mobile G1」が登場した。記事で紹介したように,端末とグーグルのネット上のサービスが自動連係する点に大きな特徴を感じた。ユーザーにしてみれば,常にネットワーク上のサービスとつながり,その恩恵を受けられる。携帯電話とインターネットの結び付きがより一段と強くなる,そんな印象を持った。

 ユーザーとしていち早くこの端末に触れてみたいと思うと同時に,取材の際に聞いたあるコンサルタントの言葉がどうしても頭から離れないでいる。「Androidは“トロイの木馬”ではないか。無償のプラットフォームを誘いに,気がつけばグーグルの“クラウド”にあらゆる端末がつながり,グーグルに価値をすべて吸い取られてしまうような,そんな世界が来るのでは」――。つまりAndroidは,グーグルのクラウドが提供するサービスの出口を拡大するための,戦略的な道具ではないかということだ。

「収益が他国の“クラウド”に吸い上げられてしまう」

 ユーザーにとっては,グーグルのクラウドに頼るサービスが便利で魅力的であれば何も問題は無い。しかし一歩引いて業界全体を見た場合,収益の源泉の多くが海外に流出することを意味する。ある総務省の幹部は,「このままでは日本には何も残らなくなる。携帯電話事業者は“土管化”し,収益は他国に吸い上げられてしまう」と危惧する。

 実際それは現実化しつつある。日本に上陸した米アップルのiPhoneは,アプリケーション流通網「App Store」とメールやカレンダーの同期サービス「MobileMe」で,完全に携帯電話事業者を“中抜き”してしまった。アップルは携帯電話事業者とは関係なしに,ユーザーからの課金情報を得て,これらのサービスを提供している。携帯電話事業者はユーザーの挙動をうかがい知ることができず,App Storeが生み出した新たな経済圏からも蚊帳の外だ。

 長い目でみればグーグルのAndroidやアップルのiPhoneは,携帯電話事業者にとって自らの立場を脅かす存在だ。実際ソフトバンクのある幹部は「本来であればiPhoneのような端末は,導入したくなかった」という苦しい胸中を見せる。しかしこれらの端末はユーザーの支持を得ているため,事業者として無視できない。じわじわとこれらのプレーヤの浸食を許している状況と言える。

端末プラットフォーム競争は,次の市場に向けた前哨戦

 現在携帯電話業界に起きているこのような大きな構造変革は,オープン化とグローバル化という言葉で表せる。世界35億人とも言われる巨大なモバイル市場に対し,多彩なプレーヤが国境を越えてユーザーの時間と財布を奪い合う時代が訪れているのである。“ガラパゴス諸島”とも揶揄(やゆ)されてきた日本のモバイル業界も,もはやこのような状況とは無関係ではいられない。

 既にその前哨戦が始まっている。携帯電話の端末プラットフォーム競争だ。次の市場で優位に立てるかどうかは,サービスの出口となる端末上でどれだけ自らにとって有利な状況を構築できるかにかかっているからだ。端末プラットフォームを押さえてしまえば,あとはサーバー側の“クラウド”とセットにすれば,ネットワークの部分は何であってもかまわない。

 現在,端末プラットフォームとしては,NTTドコモやボーダフォンなど主要な携帯電話事業者や端末メーカーが参加する「LiMo」,ノキアが中心となる「Symbian」,グーグルの「Android」,マイクロソフトの「Windows Mobile」,アップルの「iPhone」の5陣営がある。言ってみれば,LiMo,Symbianという携帯電話に軸足を置くプラットフォームと,AndroidやWindows Mobile,iPhoneというインターネットあるいはパソコンに軸足を置くプラットフォームがせめぎ合っている状態と言える。

 現在は,まだまだ既存の携帯電話に軸足を置くプレーヤのシェアが圧倒的だ。しかし今後の競争を展望したとき,パソコンと似たような展開になるのではという見方は多い。魅力的なアプリケーションの多寡が市場シェアを左右するというものだ。となると競争の軸足が,これまでの携帯電話業界とは全く異なる形になる。携帯電話のパソコン化がますます加速する可能性もある。

携帯電話事業者は従来の形態ではいられない?

 アップルやグーグルに代表されるように,端末プラットフォームとサービスの部分では,国境を越えてグローバル・プレーヤが浸食する動きが活発化している。こうした流れの中で,携帯電話事業者も現在のような事業形態のままでは限界が見えてくる。無線周波数免許が必要な携帯電話事業者のサービス地域は,国や地域ごとの規制を受けるため地理的に限定される。結果として,顧客獲得という点で,国境を越えてスケールを拡大する他のレイヤーのプレーヤよりも不利になるからだ。

 顧客基盤が小さければ,より多くの顧客規模を持つ端末メーカーやサービス・ベンダーから,不利な条件を飲まされる事態も起こる。そうなれば,携帯電話事業者は他のプレーヤからの圧力に負け“土管化”は避けられなくなる。

 それを避けるために,携帯電話事業者も航空会社のように事業者間でアライアンスを組む時代がやってくるかもしれない。ゆるやかな業務連携によって自陣の顧客基盤を拡大できれば,端末メーカーやサービス・ベンダーと対等か,それ以上の立場で交渉に臨めるからだ。

 実際ソフトバンクがボーダフォンや中国移動(チャイナモバイル)と共に2008年4月に立ち上げたジョイント・イノベーション・ラボは,そうしたアライアンスの先駆けと言える。ラボではOSによらずコンテンツやサービスを提供できるプラットフォームの開発を進めている。3社のユーザーを合計すると約7億人にも上る顧客基盤を武器に,端末メーカーやサービス・ベンダーに対して主導権を握ることが狙いと見られる。

 いずれにせよ,オープン化とグローバル化という流れは,もはや避けられない。携帯電話事業者,インターネットやパソコンの世界のプレーヤ,端末メーカーなど,多彩なプレーヤ間のパワーゲームは,今後ますます加速していくだろう。