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 「通信インフラが整ったいま,…(略)…特に,ITの専任担当者がいないような小さい企業には,自前のシステムを運用せずに済むSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)は歓迎されるでしょう。普及のカギは,パッケージベンダーが本気でSaaSに取り組むかだと思います」---。

 昨年10月にITproで公開された「編集長座談会◆2008年総括と2009年への展望」における日経コンピュータ編集部長・桔梗原富夫(記事公開当時は同誌編集長)の発言である。この発言は企業を念頭に置いたものだが,まさにこの言葉通りのことが自治体に起ころうとしている。

 山形県の内陸部南部に位置する置賜地区の7自治体は,ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)による基幹系システムの刷新に踏み切った。導入を決めたのは米沢市,長井市,南陽市,高畠町,川西町,白鷹町,飯豊町の3市4町。7団体のうち最も大きな米沢市でも人口は約9万2000人であり、いずれも中小規模の自治体といってよい。

 昨年8月に入札を行い,NEC,テクノマインド,エヌデーソフトウェア,エム・エス・アイの4社グループが落札した。2017年度までの長期契約で,1年当たりの経費は7団体合計で約3億600万円。2006年度のシステム運用経費は7団体合計で約5億400万円だった。年間約40%のコスト削減ができる計算だ。

 まずは2009年4月に長井市で住民情報,税,国民年金,介護保険,財務会計,人事給与など12システムが稼働を開始する。その後,システム更新時期を迎えた自治体から順次,2013年4月までに基幹系システムを今回共同入札したASPに切り変えていく(契約は自治体ごとに個別で実施。利用システムは自治体ごとに異なる)。

「ASPでなければ共同化は実現できなかった」

 置賜地区の自治体では,基幹系システムの共同化を以前から検討していた。最大の目的はコスト削減だ。基幹系システムの共同アウトソーシングを進めている北海道の西いぶり広域連合(関連記事)を視察するなど研究を進めていった。

 だがそう簡単に事は進みそうもなかった。今回のASPによるシステム共同化の取りまとめ役として奔走した山形県置賜総合支庁総務企画部地域支援課の佐藤寿紀市町支援主査は「われわれの地区にはITの専門知識を持つキーパーソンがいない。西いぶり地区のようにシステムの仕様を固めて発注し開発・運用を進めていくのは難しいと思った」と打ち明ける。

 各自治体でシステム更新年度が異なる点も大きな問題だった。足並みをそろえて基幹系システムを刷新するのは難しい。

 そこで浮上してきたのが,ASPという選択肢だった。「新しいビジネスモデルの第1号ユーザーである」ということもアピールして各社に見積もり依頼をしたところ,コスト削減が実現できそうな見通しは立った。共同化の事務局を務めた置賜広域行政事務組合の事務局総務課企画係の八幡伸弥係長と山形県の佐藤氏が中心となって各自治体に説明に出向いた。そして,システム更新時期を迎えたときには必ずASPの共同利用に参加するという“言質”を各自治体から得て協定を結び,ようやく入札にこぎつけた。

 もちろんSaaS/ASPは良いことずくめというわけではない。例えば,自治体にとっては“ベンダー丸投げ”による弊害も懸念されるし,ITベンダーはビジネスモデルの変更を迫られる。

 実際,これまで自治体は,電子申請などのフロント業務以外ではほとんどSaaS/ASPを活用してこなかった。ITベンダーも,基幹系システムについては積極的にSaaS/ASPの提案をしてこなかった。やや極端な言い方かもしれないが,これまで自治体の業務原課は担当者の使い勝手に合わせてシステムをカスタマイズしてきたし,ベンダーもそこにビジネスの機会を見い出していた。自治体内でのコスト削減圧力も今ほど強くなかった。双方にとってSaaS/ASPを導入する積極的な動機はなかったのである。

 だが今や多くの自治体にとってコスト削減は至上命題だ。今回,7自治体の中でも真っ先にASPによる基幹系システムの稼働を開始する長井市では,これまでもコスト削減に向けた取り組みをしてこなかったわけではない。2004年度から基幹系システムを5年契約でアウトソーシングすることで,5年間で1億円以上のコスト削減を実現した。「それでも年間のシステム運用コストは1億円以上。議会などからはまだまだ高いと指摘された」と長井市企画調整課補佐の谷澤秀一氏は明かす。

 「ここからさらに大きくコストを下げるために,共同化をどうしても実現したかった。自治体間で導入時期をそろえないで済む今回のような形でなければ難しかっただろう」。谷澤氏はこう振り返る。

 こうして実際に導入事例が出てきたことで,特にITの専任担当者がいなかったり,担当者のITスキルに不安のある中小規模の自治体では,基幹系へのSaaS/ASP導入検討のハードルは低くなるだろう。NECのような大手企業の参入により競合他社の動きが活発化すれば,自治体にとっては選択肢が広がりさらに導入しやすくなる。

 今春には総務省も「地方公共団体におけるASP・SaaS利用ガイドライン」を公表予定だ。まずは中小規模の団体からということになるだろうが,自治体の基幹系システムは,いよいよSaaS/ASP時代に突入していく気配が濃厚である。