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 発想を転換することで,これまで「使えない」,「使いにくい」とされてきたものが魅力的なものに生まれ変わった──。そんな経験はないだろうか。今回,近距離ワイヤレスの特集(日経NETWORK 2009年3月号)を執筆するにあたって出会った技術がまさしくそれだった。実際にデモを見て,自分も早く使ってみたい,ぜひネット技術に疎い両親にも紹介したいと胸が高鳴った。

 そんな新顔の近距離ワイヤレス技術を二つ紹介したいと思う。一つが,携帯電話やデジタルカメラなどモバイル機器向けの「TransferJet」。もう一つがテレビやレコーダーなどAV家電向けの「WirelessHD」だ。どちらも,使えないと思われてきた電波を利用することで,高速性や使い勝手の良さを実現した。

遠くまで飛ばない電波を使うTransferJet

 TransferJetは,携帯電話などのモバイル機器同士を近づけたり,相手の機器に乗せたりするだけで自動的に高速通信が始まるという近距離ワイヤレス技術。使用する周波数帯は4.5GHz帯。伝送速度は最大570Mビット/秒(実効速度は375Mビット/秒),通信距離は3cm程度である。

 TransferJetで使うのは遠くまで飛ばない電波だ。具体的には「誘導電界」を使う。誘導電界はアンテナの周囲にだけ発生する電磁波で,アンテナから遠ざかるにつれ急激に電界強度が弱まる。このため通信エリアはわずか数cmに限定され,広いエリアで使うことを目的に開発された従来のワイヤレス技術から見れば“使えない”電波といえる。

 ところが,この数cmという距離が従来のワイヤレス技術にはないメリットを生み出した。障害物を回り込んで通信することがないので,4.5GHz帯という高い周波数帯でも問題ない。電波が3cm以上届かないのでセキュリティ設定も不要。さらに,電波の干渉防止技術も要らないため,通信制御のしくみがシンプルになった。

 何より,人がモノを受け渡すときのような直感的な操作で通信できるのがいい。TransferJet対応のデジタルカメラを同じくTransferJet対応のストレージに乗せれば,デジタルカメラで撮影した画像があっという間に転送できる。これなら面倒くさがりで整理が下手な筆者のような人でも,撮った画像をこまめにストレージに移して整理するようになるのではないだろうか。

直進性が強い電波を使うWirelessHD

 もう一つの新顔であるWirelessHDは,HDコンテンツを伝送するための有線のインタフェースである「HDMI」(high-definition multimedia interface)を無線化するために作られた,超高速なワイヤレス技術だ。伝送速度は最大3.8Gビット/秒,最大通信距離は10m(規格で保証する値)である。

 WirelessHDで使う電波は,民生用の通信機器には使われていない60GHz帯という高い周波数帯の電波だ。このような30G~300GHz帯の電波はミリ波と呼ばれている。ミリ波は直進性が強く,人が横切ったりして電波が遮られると通信できなくなってしまう。このため民生機器では“使いづらい”と言われていた。

 しかし,WirelessHDが目的とするHD動画を非圧縮で伝送することを実現するには,広い帯域が使える高い周波数帯を使うしか方法がなかった。そこでWirelessHDは,電波の放射方向を自在に操る工夫を盛り込むことで,人が横切っても途切れないようにするなど,ミリ波をうまく使うことに成功した。

 WirelessHDには,機器に電源を入れれば自動的に接続する仕組みもある。手ごろな価格帯の製品に採用されれば,ネット技術に疎い筆者の両親でも配線に悩まされることなく新型の家電を設置できるようになるはずだ。

 これらのワイヤレス技術が使えるようになったのは,もちろん高度な技術のたまもの。だが,通説を打ち破るという大胆な発想なくては生まれなかった。こうした近距離ワイヤレス技術に今後も注目していきたい。