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 海外に出ると,日本と海外との違いが見えてくるということがよくある。数年前の米国駐在時,娘の同級生の誕生会に参加したとき「各国の誕生日の歌(Happy Birthday to You)を聞きたい」というリクエストには戸惑った。韓国やメキシコでは現地語版があるらしく,同級生とその親がそれぞれ歌ってくれたのだが,いざ自分の番になって「日本では英語で歌う」というと場が白けてしまった。今思えば,その場で適当に日本語をあてて歌っておけばよかったと思うのだが,後の祭りである。それにしても,誕生日のメロディは万国共通な存在で,国ごとの歌があることはそれまで知らなかった。

 逆にうれしく思ったこともある。米シスコシステムズのジョン・チェンバースCEOは,取材後の雑談で「本社に顧客を招いて,その声を直接ヒアリングする取り組みを始めた。これはトヨタに学んだことだ」と話してくれた。日本では当たり前に行われていることも,海外から見るととても新鮮に見えることが多いのだと感じた。別のプライベートな場では,海外の知人が「カッコイイ」「故障が少なくていい」という理由でソニーのビデオカメラやトヨタの自動車を愛用しているのを見て,うれしく感じたものである。それ以降,日本のいいところはもっと誇っていいのではないかと考えるようになった。

 なぜこんな話を思い出したかと言えば,最近調べている,モバイル端末向けコンテンツ配信やアプリケーション配信で,日本型の課金モデルが見直されているように感じているからである。こうした配信事業は日本が先行していて,従来は比較しようにも比べる対象がなかったのだが,ここにきてようやく比較できる課金モデルが登場したとも言える。

 米アップルの「iPhone」およびそのアプリ配信市場「App Store」の登場以来,多くの企業が同様のアプリ配信モデルを次々と打ち出し始めた。米グーグルの「Android Market」,米マイクロソフトの「Windows Marketplace」,フィンランドのノキアによる「Ovi」など,少々乱戦気味のようにも思える。

 こうしたいくつものモデルが登場し,コンテンツ開発者の間で少なからず言われ始めていることは,「月額課金や事業者による審査がある日本のモデルは,コンテンツ開発側に都合が良い」という声である。

日本では月額課金が一般的

 App Storeをはじめ後発のほとんどが,アプリケーションのダウンロード時の都度課金なので,発売後に売り上げがピークに達し,その後は,一気に注目度が落ちてしまう。結果として,発売と開発を短期間で繰り返す,“自転車操業”になりがちである。一部では,ユーザーの購入後,一定期間内での解約を認める「クーリングオフ」によって,ダウンロード直後に解約されることもあるらしい。「これでは事業として難しい」という指摘もある。

 一方,日本のモデルでは,月額課金が一般的であり,コンテンツ単位で課金できる。契約は数カ月継続することが多いので,認知度がいったん上がれば事業は安定する傾向がある。

 App Storeなどは,海外市場への進出にあたって参入障壁が低いことが歓迎されているが,これにも良し悪しがあるという。参入企業が増えた結果,多くのアプリケーションが乱立し,“埋もれてしまう”というのである。約10年の歴史がある国内市場と違って,海外での販促活動のノウハウ蓄積は,いまだ途上といったところだ。

 アプリの配信を手がける企業は,こうしたアプリケーション開発者,コンテンツ提供者の指摘に答えを出し始めているようにも見える。例えばマイクロソフトは,Windows Marketplaceの運営にあたり,年間99ドルの登録料に加えて,1アプリ当たり99ドルを徴収することにした。これは,登録数が多くなることが見込まれるWindowsアプリの乱立を防ぐためのものだろう。

 アップルは,コンテンツ単位での課金をしやすいように変更を加えていると聞く。これまではアプリケーション単位での課金だったため,コンテンツ単位で課金できなかったが,米アマゾン・ドットコムの電子書籍「Kindle」との連携を境に,コンテンツ配信に道筋をつけたようだ。グーグルのAndroid Marketでは,通信事業者でもグーグルでもない,第三者による課金プラットフォームの提供が可能になっている。これは,課金プラットフォームの提供にあたり,先行する通信事業者やアップルが「独占的なのではないか」という指摘に応えたものだろう。

 日本のモデルに対して,不満が全く無いわけではない。プラットフォームや機種ごとの対応が煩雑でコストがかかってしまうことには,多くのサービス事業者が苦労している。通信事業者が運営する公式サイトでは,コンテンツ登録時に審査が行われる。審査は人手を介したものであるために,一部には「閉鎖的ではないか」という指摘があるのも事実である。

 いずれのモデルにも長所と短所があり,今後も模索が続くのではないかと考えている。それぞれのモデルがどう進化していくのかに注目したい。