コンタクト・トラッキング&マネジメントの原点の一つは,「顧客は何と言っているか?」を記録し理解することである。
私は今,ある企業におけるテレセールス部門の立ち上げとコンタクト・センターの試行運用を手伝っている。その際に私がテレセールス担当者に重々お願いしているのは,「その顧客の表現(言葉)そのものを可能な限り,忠実に聞き取って記録に残してほしい」ということだ。
言葉を可能な限り忠実に記録すること。一見,誰でも簡単にできそうだが,なかなかできない。たいていの人は,話し相手が喋った内容を,自分なりに解釈するからだ。つまり,コンタクトの記録に残された顧客の“生の声”は,しばしばテレセールス担当者なりの解釈を経て記録されている。この解釈をなるべく排除してもらうことが,コンタクト・トラッキング&マネジメントの品質を高めることにつながる。
拒否のメッセージを次の成約につなげる
コンタクト履歴には,リジェクション---拒絶・拒否・反対の意思を示す反応---がちりばめられている。リジェクションを分析することで,顧客との誠実で良好な関係を醸成できる。
リジェクションを乗り越え,顧客とのクロージングに到達する手立ては多岐にわたる。「十人十色」という言葉があるが,その言葉を使いたくなるほどに多様である。その多様さと同じくらいにリジェクションがある。
本当に「いらない」の?
リジェクションの典型的なものは,「私はいらない」だ。たいていのテレセールス担当者は「いらない」と聞かされると,「この家はもう駄目だ」と思い込む。
確かに,今話したその人にはいらないのだ。しかし,電話をかけた先が複数人で構成している家庭の場合,家族の誰かがほしいかも知れない。商品やサービスの内容によっては,そういうケースはしばしばある。
私は以前,パソコン販売店の販売活動を指導する仕事に従事していた。ここ最近はさすがに見かけなくなったが,ご老人がお孫さんとおぼしき年齢の子供を連れて,「インターネットください」と量販店の店頭に現れるのを,当時はしばしば見たものだった。
店員は訪れたご老人に,パソコンとインターネット接続に必要なもろもろの機器とサービスを販売する。厳密にいうと,パソコンなど製品の所有権の移転先,そしてサービスの提供先は,このご老人ということになる。しかし,パソコンやインターネットの利用者は,ご老人が連れてきたお孫さんである。
事業所向け(BtoB)の場合は,この構図はもっと複雑だ。リジェクションの「私はいらない」の背景を考察するとすぐにわかるのだが,「いらない」という言葉を聞かされたテレセールス担当者には,そのことはほとんどわからない。
売り込みがあまりにも煩わしい
皮肉なことに,売り手の売り込み行為が煩わしい結果発生したリジェクションが目立つ。
例えば,駅前などでよく見かける宣伝目的のティッシュ配りやチラシ配布は,煩わしい売り込み行為の好例だ。遠くにいるティッシュやチラシの配り手に気付き次第,迂回する人はかなり多い。
最近私は仕事の関係もあって毎朝,駅ビルにある三つのファーストフード店のどれかに行って朝食を摂る。たいがい駅ビル周辺では,通勤者を狙って宣伝目的のティッシュが配られている。これまで私は黙って受け取っていたが,1週間も経つとポケットがティッシュでいっぱいになってしまった。ぼちぼちティッシュを受け取るのを止めようと思い始めている。
宣伝目的のティッシュ配りは比較的よく見られるものなので,そう目くじらをたてる必要もないだろう。しかし,世間には「それはあまりにも煩わしい」というリジェクションがいくつもある。
少し前の話だが,戸別の訪問販売が,昭和51年(1976年)から施行された法律(現特定商取引に関する法律)で規制された。このことは,法律で規制されるほどに戸別の訪問販売が煩わしかった---つまり戸別の訪問販売に対するリジェクションがあまりにも多かったことを示している。
米国は電話による商品やサービスの販売を法律で規制している。日本ではまだこの種の法規制はないが,最近私は,法規制の必要性をひしひしと感じている。私はいま,コンタクト・センターの記録を分析中だ。分析してみた結果,かなりの顧客(消費者)が,「(日本のテレマーケティング業者による)アウトバウンド・コールがあまりにも多く,煩わしい」と感じていることが浮かび上がってきたのだ。実際,あるテレセールス担当者が接触した顧客34件のうち,30件が「コールが煩わしい」と言った。
分析の妙
コンタクト・トラッキングの作業は,基本的には顧客単位で実施する。トラッキング作業を経て,「この顧客は,購入に至るまでの意志決定プロセスにおいて,いまどの段階にあるのか」を判断する。
私が試行運用を手伝っているコンタクト・センターでは,これとは違うアプローチを試みようとしている。顧客の意思決定プロセスを見極めるという従来の方法は採らずに,コンタクト履歴からリジェクションを探し出すことを優先するのだ。リジェクションを乗り越える方策を考えることで,意思決定プロセスを見極める以上の効果が見込める。私はこう確信しているからである。
一般的にテレセールス部門の担当者は,リジェクションに出会うと非常に落胆する。だが私は先ほど書いたように,リジェクションこそ顧客と密接な関係を作るためのヒントと考えている。だから私はテレセールス担当者に,「時期と状況が変われば,顧客の側からいずれ『あなたの商品やサービスがほしい』との申し出がある」と励ましている。
地方にいてこそわかること
実務に携わると,いつも新たな発見がある。しばらく実務から離れていたからか,いま携わっている仕事での新たな発見が,なおさら新鮮に感じられる。
私がいま手伝っている企業は,地方にある。地方の人と接していると,東京発の情報は伝わっているようで伝わっていないことに気付く。その人にとって興味のある東京の情報は伝わり,興味のない情報は伝わらない。
インターネットの普及により,情報がいつでもどこでも入手できると言われているが,情報は受け手の意思があってこそ伝達されるものだとあらためて認識した。特にネットはテレビやラジオよりもユーザーが主体的にかかわる必要があるため,そうした特性が強い。
実は,私が手伝っている企業のテレセールス担当者ほぼ全員が,私がIT Proに連載を執筆していることを知らなかった。加えて,CRMやコンタクト・トラッキング&マネジメントといった言葉さえ知らなかった。IT Proは主にIT専門家に向けたサイトであるとはいえ,私の活動が至っていないことを自戒するしかない。ただ,一部の人がこれらのキーワードに興味を持ち始めている。CRMに長年かかわってきた私としては,嬉しい限りである。