PR
田原春美さん(右)と筆者(左)
田原春美さん(右)と筆者(左)
[画像のクリックで拡大表示]

 一度しか会ったことがない人にインタビューを申し込むのは、ちょっと難しいだろう。相手のことをわかってないのに「ぜひこういうテーマでインタビューを受けてください」とお願いしたら、ほとんど興味のないテーマを言ってしまうかもしれない。それでは、何回会えばいいか? 少なくとも二回だと思う。初対面のときに思い浮かんだテーマに興味があるかどうかを、次に会ったときに確認できるからだ。

 今回紹介させていただく田原春美さん(取材当時:日本IBM株式会社 ソフトウェア事業 エマージング・テクノロジープログラム担当 部長/XMLコンソーシアム 副会長&運営委員会議長)には、運良く二回会うことができた。一度目は、デベロッパーを対象とした大規模なイベントの懇親会で、二度目は、偶然にも地下鉄の中で。

 一度目にお会いした懇親会で、私は司会を務めていた。イベントに協力いただいた人たちを順番に紹介するのが役目であり、そのトップバッターが田原さんだった。すでに田原さんをよく知っている知人から「IT業界の母と呼ばれている人だよ」と聞いていたので、ほんのり酔った勢いも手伝って「IT業界の母、田原春美さんです」と紹介してしまった。いきなり失礼だったかなと思ったが、マイクを渡された当の本人も「IT業界の母でございます」と言って挨拶をはじめた。会場は大うけで、一気になごんだ雰囲気に包まれた。私も、一気に田原さんに親しみを感じた。IT業界の母とは、女性らしい優しさを発揮して後輩を育てる人なのだろう。ぜひインタビューしてみたい。

 二度目にお会いした地下鉄の中で、私は初対面のときと比べ物にならないほど泥酔していた。焼肉店で飲み会をした帰り道であり、ニンニクと焼酎で煮しめたような臭いを発散していたに違いない。両手でつり革につかまってフラフラしながら、田原さんに向かって何でもかんでも好き勝手なことを言いまくったと思う。あまりにも酔っていたので、何を言ったかまったく覚えていない。

 次の日、シラフに戻ると、大いに罪悪感に苛まれた。名刺交換はしていたので、田原さんにお詫びのメールを送った。「昨夜は、たいへん失礼いたしました。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい...。つきましては、IT業界で活躍する女性を代表してインタビューさせてください」我ながら、なんとも厚かましいヤツだ。しかし、田原さんは、快く取材に応じてくれた。

 インタビュー会場は、IBMの箱崎事業所。隅田川沿いにそそり立つ巨大なビルだ。豪華な応接室に通される。窓から見える景色が美しい。しばらくすると、ビシッとスーツ姿で決めた女性がアイスコーヒーを運んで来てくれた。やっぱりIBMは、ワンランク違う会社だなぁと思うと、ちょっと緊張してしまった。インタビューのテーマは、「女性でもIT業界で生涯働き続けることができるか」の予定だったが、田原さんからは、開口一番このテーマを否定されてしまった。

矢沢:学生向けのイベントに講師として参加したとき、女子高生から「IT業界は女性の生涯の仕事になり得るでしょうか?」と相談されたことがあります。私は男性ですから、何とも答えようがありませんでした。田原さんは、IT業界を代表する大企業であるIBMで部長を務められている女性です。おそらく、様々な困難を克服してきたはずです。田原さんなら、この質問に何と答えますか?
田原:私のポリシーとして、仕事に性別は関係ないと思います。そんなことより、もっと最新テクノロジーの話をしませんか。
矢沢:うわっ~! いきなり一喝されてしまいましたね。先ほどの女子高生さん、この回答でOKですね。IT業界は、女性でも大丈夫ですよ。
田原:少子化で労働人口が減っているのですから、今まで以上に、どんどん女性に活躍の場が与えられるはずです。それに、IT業界は女性にとって働きやすいところだと思います。
矢沢:はい。それでは、男性女性の区別は抜きにして、田原さんが生涯の仕事を考えるようになった頃のお話を聞かせてください。
田原:28歳ぐらいのとき、35歳までに自分の基盤を作ろうと心に決めました。
矢沢:基盤とは、社会人として自分の身の置き所ということですね。その基盤を作るために何をしましたか?
田原:今は蓄積の時、一つ一つ実績を積む時ととらえ、まずは与えられた仕事にベストを尽くしました。時代が時代でしたから、女性の職種は限定されていましたし、女性SEや女性ラインなど誕生以前の世の中でした。実は、秘書で入社したのですが、徐々に女性の活用が始まり、ある時、技術職への転換を勧められ、SEになる勉強をして現在に至っているのです。
矢沢:え~っ! それでは、技術の勉強がたいへんだったでしょう。
田原:ええ、特に最初は。でも、同じクラスには、他社からの転職組がいたり、ある設定のもとに、独力あるいはチームでシステムを構築し、提案し、セリングするという実践を想定したフェーズもあったりで、やってみたら楽しかったです。新しい自分を発見しました。
矢沢:失礼ながら、田原さんは「Javaの母」や「XMLの母」などと呼ばれていますから、最初から技術職なのかと思っていました(注記:田原さんは、JavaやXMLなどのコンソーシアムを立ち上げていることから「母」と呼ばれているのだ)。
田原:業界には、私の長男や次男、あるいは娘と呼ばれている人もいるようですが、本当は「母」ではなく「マドンナ」と呼んでほしいです。
矢沢:新技術のコンソーシアムの魅力とは?
田原:情報や文献が不十分で、先達もいない状態で立ち上げますから、皆で考え、力を合わせて道なき道を進み、未来を拓いて行きます。やがて、展望が見えた時の喜び...醍醐味を感じます。
矢沢:人との触れ合いを大切にされているのですね。
田原:はい。コンソーシアムから得られた技術など、いずれ陳腐化して行きます。しかし、そこで得られた人と人との出会い、人と人とのネットワークは、生涯の宝となります。一生懸命に活動してくれるメンバーへ、コンソーシアムからの贈り物だと思っています。
矢沢:そんな田原さんが、いつも心がけていることは何ですか?
田原:自分を大切にして、自分は自分で育てるということ。それから、もう一つ。私は、事を成すには思い入れが大切な要素だと信じています。思いを貫く頑固さの中にも、常に柔軟さを失わないように心がけているつもりです。
矢沢:うお~っ! 人を育てても自分には厳しいのですね。こりゃ正に「IT業界の母」だ。

 日経システム構築にインタビュー記事が掲載されたときのタイトルは、田原さんと相談して「仕事が好き! 新しい技術が好き! 人との出会いはもっと好き!」となった。田原さんのお人柄にピッタリの3つの言葉だ。記事は、大反響だった。IT業界の息子や娘たちの中には、田原さんが秘書から技術職に転換したことを知らなかった人もいたそうだ。記事を読んだ私の上司も感激して「この人は、IT業界の宝だ! ぜひ会わせてくれ」と言うので、ちょっと粋な日本料理店を予約して、ささやかな飲み会を設営した。そのとき初めて知ったのだが、田原さんは、まったくお酒を飲まない人なのだ。酒が進めば、だんだん声が大きくなり、わけのわからないことを言い出す。そんな上司と私に対して、田原さんは、常に笑顔を絶やさず接してくれた。さすが、IT業界の母、そしてIT業界の宝! これからも、ずっと元気で活躍し続けてほしい。