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 そのメールは,納期の2カ月前に突然送りつけられてきました。「もうこれ以上開発を続けられない。手を引かせてくれ。契約した委託費はいらない」---アウトソーシング先であるインド側責任者からの通告でした。

「優秀で誠実」だった最初の印象

 それは,インドのあるソフト会社に,工数30人月ほどのミドルウェア開発を外注した時のことでした。最適な海外委託先を選定するため,中国とインドの両方のソフト会社に要求概要を提示して提案書を出してもらい比較検討しました。インドのソフト会社は,オープン技術とオブジェクト指向技術を基にした提案で優れており,プレゼンテーションの内容も的確。加えてインド側責任者のスキルは極めて高く,人柄もよく信頼できるという印象でした。我々は迷うことなく,インド企業への開発委託を決めました。

 インド側のプロジェクト・リーダーを日本に呼び寄せ,要求仕様について打ち合わせた後,オフショアで開発,オンサイトで受け入れテストと修正を実施する計画でした。

 ところが,実際にプロジェクトを進めると,インド側の担当技術者が交代していたり,チーム内の技術者が退社していたという事実が判明しました。またプロジェクトの後半に入り,インド側より「都合により最初の責任者が別の人間に交代する」と告げられました。我々はまだこの時点では,インド側でプロジェクト管理のトランスファーがきちっとなされるものと考え,大して気にも留めず了承しました。

 いよいよ開発が完了し,成果物が納入されることになりました。ところがソフトウエアの完成度は予想よりかなり悪いものでした。日本側担当者が納入されたソフトウエアをチェックし,不具合をインド側で修正するというプロセスでバグ対策を進めることになりました。特に日本語処理関係のバグが多く,不具合を何度も指摘しましたががなかなか直らず,時間を浪費することになりました。日本側担当者からインド側技術者へのメール発信時刻を見ると,午前3時というような状態が続きました。

 冒頭の,契約を破棄するというメールがインドから届いたのは,不具合修正が大きく遅れ,その工数が予想を超えて膨らんだころでした。開発を始めてから7カ月後,納期は2カ月後に迫っていました。

インドに乗り込み,トップと直談判

 これには慌てました。通常日本国内の取引では契約すれば最後までやり切るのが常識であり,途中でやめるというようなことはまずありません。これまでの海外取引でもそのようなことは一度もありませんでした。

 次ぎの打ち手が何にもとれていないし,これから対策を講じて数カ月は必要でしょう。客先納入にもはや間に合いません。それまで経験したことのない深刻な事態でした。

 どう考えても,インド側に開発を継続させるしか方法がありません。3日後,私はインドへ飛びました。どうしてこのような事態に至ったのか,何故このようにゆき詰まったのか。プロジェクトの最初から今日に至るまでのプロセスを思い出しながら,再度考え直しました。飛行機の中で,委託先をどのように説得して納期までに解決してもらおうかと考えました。トランジットも含めると十数時間かかるフライトがとても短かく,すぐにインドに到着したように感じたことを強く覚えています。

 インドに到着して委託先のソフト会社を訪問しトップに直談判しました。この案件を最優先で仕上げてもらうことを要請し,「これをやり切ってもらわない場合,今後の取引はない」と迫りました。本当に対応してもらえるか内心とても不安でしたが,事前に検討していたシナリオに基づき説得交渉し,プロジェクトを完遂させることをトップに了承させることができました。そしてインド側と日本側の双方の努力で,最終的にテスト完了まで何とかやり遂げることができました。

 もちろん,トップが開発の継続を了承したからといって,ソフトウエアの品質がすぐに向上するわけではありません。開発やビジネスのプロセスをしっかりマネジメントしてリカバリしました。この裏にも涙ぐましい努力がありますが,長くなりますのでこの話は別の機会にご紹介したいと思います。

 海外外注では思わぬ事態が発生します。発注元は緊張感を保ちながら,外注先を常に管理下(Under Control)の状態に置き,「活用はするが依存しない」マネジメントで取り組まなければ取り返しがつかなくなる,ということを学びました。

 このような「落し穴」の経験を数多く積み重ねた結果が,現在の筆者の「先をみる海外アウトソーシング対応」のベースになっていると言えます。

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 初めて米国などの仕事に関係してからかれこれ28年,オフショア開発や海外アウトソーシング関連の仕事をやっています。これまでアジア・米国・欧州各国との仕事の中で,様々な成功や失敗を体験しいろいろな問題に直面し,それぞれの土地に固有の文化や言語そしてやり方あることを知りました。海外との仕事の現場では,小さな問題が積み重なって大きく致命的な問題になることが多いように思います。

 この連載では,実際に直面した問題を「海外アウトソーシングの落し穴」の事例としてご紹介します。事例は多岐にわたりますので,開発・調達・契約・ヒューマンリソース・リスク・マネージメントなどの切り口でお話しを展開したいと思います。

 どうかお付き合いのほど,よろしくお願いいたします。


インドで今でも活躍しているオートリクシャー(オート3輪タクシー)
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