ITSSが3年ぶりにバージョンアップされた。情報処理推進機構(IPA)が3月29日に発表した「ITスキル標準(ITSS)バージョン2」は、「読みにくい」「使いづらい」「理解しにくい」との批判に応え、全面改訂に踏み切ったものだそうだ。しかし、よくもまあ、3年間も放置していたなと思う。IPAは「改訂よりもITSSの普及を優先した」と説明しているらしいが、肝心のITSSの普及はちっとも進んでいない。私は、ITSSのようなスキル標準は絶対に必要だと思っているが、現状ではどうしようもない。
ITSS が2002年12月に公表された時、ITサービス業界における技術者、営業職、マーケティング職などの評価/育成のツールとして期待したが、何らかの形でITSSを導入しているITサービス会社は、今でもぜいぜい全体の1割程度だろう。また、自社の人事制度に単純に当てはめたり、スキル診断の道具に終わっていたりするなど、“誤用”するケースも多かった。なかには、ITデフレの最中に人件費を引き下げるためのツールとして使った企業もいたから、認知度が低いままイメージを悪化させてしまった。
IPAもその辺りのことを深く自覚しているらしく、新バージョンの策定に参画した人に聞いてみると、かなり気合を入れて作り直したという。「旧バージョンは全くダメだったが、バージョン2で使えるツールとなった」とのことだ。で、私もざっと読んでみた。旧バージョンの1.1に比べ、確かに読みやすくなったし、定義も厳密になった。これなら“使える標準”として認めてよいのではないかと思う。
例えば評価基準については、旧バージョンでは各レベルの基準がエントリー基準なのか、エグジット基準なのか、よく分からなかったが、新バージョンでは「~を達成した経験と実績を有する」といったエントリー基準であることを明確になっている。職種間で共通のスキルについては、旧バージョンでは何度も同じことが記述され、いささか閉口したが、新バージョンでは「スキルディクショナリ」にまとめられ、各職種や専門分野に必要なスキルを横串で一覧できるようになった。
また「実態とそぐわないなぁ」という印象だった各職種の専門分野も再定義している。例えばITアーキテクトの専門分野では、「アプリケーション」「データサービス」「セキュリティ」といった5分類を「アプリケーションアーキテクチャ」「インテグレーションアーキテクチャ」「インフラストラクチャアーキテクチャ」の3分類に改めている。このほか、ITSS全体を概観できる詳細な「概要編」を設けるなど、全体に読みやすさ、分かりやすさを追求している。
さてITSSが“使える標準”なったとしても、“使われる標準”になるかというと話は別だ。そもそもITSSは、ITサービス会社にとっては人材育成のための、技術者にとってはキャリアアップのための客観的なモノサシとなるべきものだ。しかし、今のITサービス業界で人材育成を真剣に考え、実行している企業はほとんどいない。真剣に考えていないから、ITSSを自社の人事評価制度に単純にあてはめたり、賃下げの手段に使ったりする。
「ITサービス業は人材が命」。ITサービス会社の経営者はよくそのような話をする。しかし、「どのようなやり方で人を育てているのですか」と質問すると、大概は「OJT」という答えが返ってくる。確かにOJTは基本だろう。ただ申し訳ないが、OJTしか言わない社長さんが人材育成を真剣に考えているとは思えない。そんな企業に限って、新人に対してろくな教育も行わず、「SE」の名刺を持たせて客先へ放り出していたりする。
私がITSSのようなモノサシが必要だと思うのは、“人材が命”のITサービス業にあって、その人材の市場価値の“見える化”が不可欠と考えるからだ。市場価値とはもちろん、ITサービス市場と労働市場の両面においてである。技術者の能力が正しく評価される仕組みがないと、ITサービス業界は顧客からも、次代を担う若者からも見放されてしまう。キャリアアップの道筋がはっきりしないままだと、こんなご時世だ、技術者のモチベーションもどんどん失われてしまうだろう。
ITSSの新バージョンはバージョン2だから、当世風に「ITSS2.0」とも言うらしい。ただ、Web2.0のひそみにならうのなら、お役所任せの標準ではなく、ITサービス業界で協力して“使える、使われる標準”として育てていく必要があるだろう。その前に、まずITサービス会社の経営者が人材育成に真剣に取り組むこと。それなくしては、どんなツールも無意味である。