優秀なSEがいます。大学受験の模試では県内の成績トップを争うほどの頭脳の持ち主でした。彼にとって不幸だったのは,大学紛争で東大入試が取りやめになったことです。東大に行くべく設計されていた自分の人生が暗転したことは,なかなか割り切れなかったと思います。ですから,地頭も偏差値も十分なSEです。彼と一緒に仕事したことはありませんでしたが,私とは仲が良かった。

 頭の回転と論理的思考力は抜群でした。あまりにも優秀なので,チームプレイは得意ではなかった。しかし,誰も使ったことのない米国の特殊なソフトを解読して,公益法人に短期間で導入したり,その才能は皆が知っていました。

 あるとき,委員会で彼といっしょになりました。しかし,何か彼と議論がかみ合わないのです。議論するには,枠組みや前提条件があります。彼はどんな複雑な条件でも,適合する最適解を出してきます。そのアイデアも抜群です。しかし,解の前提になる枠組みや条件について議論するのをとても嫌がります。過去の枠組みや前提条件の変革こそが,この委員会の最大のテーマだったにもかかわらずです。

 変革するしないは議論の結果で変わってくるにしても,少なくとも議論する必要があります。議論のテーマは,経営方針や経営ビジョンにまで上がっていきました。その時,これ以上議論を発散してくれるなと,彼だけでなく会議メンバーのSE全員に言われました。しかし,問題はそこにあるのです。会議メンバーには専務も常務もいましたが,彼らもSE出身です。本音と建前,専務や常務の顔にはアリアリと困惑が広がっていました。

 「問題山から解決山にセッセと運び込むのがソリューション」とするなら,優秀なSEである彼はソリューション王でした。問題山に新たな問題を運び込んでくるなんて,彼から見たら許せない行為に写ったと思います。結局,彼は問題が決まったら呼んでくれ,後は解いてやると言い残し,委員会から席を立ってしまいました。

 まさに彼の思考プロセスはSE脳なんです。環境や枠組みを是として,その空間の中で最適解を出すのは,偏差値教育で磨かれてきた問題解決力の秀才のなせる技です。でも,前提となる枠組みや問題に関する議論は,全くできない。出題者の意図を汲むことのみ考えてきましたから。その習性は変わりません。上司の意図を組んで命令を着実に実行し,解いて解いてきた自分に誇りがあります。

 優秀なSE脳の彼は,IT化へのHowの工程でWhatの曖昧性や矛盾を完璧に発見し,適切な解を導出します。要件の曖昧さに対応する論理的な働きです。ベテランですから業務経験も豊富です。ですから,彼に対する顧客の評価はすこぶる高い。でもSE脳なんです。価値や意味に言及するWhyは,ほとんど発したことはありません。何故?と思う前に解が見えてしまうのでしょう。その解はヘー!と感心するくらい素晴らしい解です。辻褄が合う解が存在しない時は,問題を微調整します。問題の筋は変えないという微調整です。まさに職人技です。

 しかし100歩譲っても,Whyを発してWhatをブラシュアップさせなければ,問題は磨かれません。構築した情報システムは,設定された問題の正解であったとしても,間違った問題に正しいソリューションという最悪の状態を生んでしまいます。

 彼のような偏差値秀才は大企業には腐るほどいます。高成長時代は目的へ最短距離で到達することを求められました。でも目的も動くような時代になると,偏差値秀才は組織の中で生き難くなってきます。逆に,偏差値秀才が今までどおり生きられる組織は,組織自体,会社そのものが社会環境に不適合を起こしているのでしょう。