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 経営の目指すところ,これは難しい議論になる。ある意味100人の経営者に聞けば100通りの定義があろう。しかし,経営学を論ずるにその目指すところを明確に定義しないではあとが続かない。IT経営学の原論(公理系)に以下の定義を加えておこう。

 ちなみに公理系とは証明をしない言明であるといってよい。実証的に説明できないことはこのIT経営学では最小限にするが。この部分が多いとある種,教祖に導かれる信仰になってしまう。

 IT経営学では,「経営の目指すところは企業価値の持続的な増大である」とする。

 経営とは与えられた環境の中で,経営資源を最適配置し,競合に負けることなく,3つのステークホルダーの満足度を最大化することである。3つのステークホルダーとは,顧客,株主,社員である。企業価値の持続的な増大はこの3つのステークホルダーの共通の利益を生むものである。企業価値が持続的に増大するならばそれぞれの満足度はついてくる。

 追求するものは,「企業価値の持続的な増大」であり,「ステークホルダーの満足度」はついてくる。

 一方,極めて局所的な経営理念を掲げる人もいる。例えば,最近よく言われる,「ものづくり」である。これは製造業の経営理念にはなりえない。これだけでは経営が目指すものでもない。よいものを作れば必ず売れる?必ず認められる?価値がわからない人はしょうがない?もちろん,製造プロセスは製造業のコアのビジネスプロセスでありこの優位性なくして勝ち残りは難しい。

 かつての70-80年代,日本の製造業には苦い経験がある。FA(ファクトリーオートメーション)である。工場における高度な自動化を,経済合理性を超えて推進した。90年代には高価な自動化ラインやロボットは取り外され工場の片隅に積みあがられた姿を見てきた。

 しかし,断じてFAが悪いわけではない。経営者の経済合理性の判断力の欠如の問題であった。生産技術者の暴走を許した時代であった。

 しかし現在新設の工場は,最先端の自動化システムを積極的に導入している。特に日本国内に立地する工場は自動化システムが必須でもある。人件費もさることながら,優秀で若い労働力を安定して得る事は難しい。現役も体力のさかりを過ぎ,視力も落ちてきた。彼らの経験知は作業に直接使うことから,システムとしての製造プロセスの高度化に生かすときになった。無論,若手に対する技能伝承も重要だが,それも個人技でなくあくまで教育ステムとして完成されなくてはならない。日本人だけが特別製造業に秀でているわけではない。

 最近,バンコックのトヨタ自動車の工場を見学する機会を得た。バンコックを訪れたのはちょうど10年ぶりだったが,周囲の風景は一変していた。高速道路や新空港建設でまさに絵に描いたような開発風景であった。さらに現地資本との合弁の小規模な工場の変遷はすさまじいものであった。そこは既に海外のトヨタの工場としては最大の規模になっていた。ピックアップトラックを世界中に供給する基地に進化していた。そこでの説明では生産性と品質の作りこみでは既に名古屋の工場を凌駕する水準まで来たという。生産タクトは60秒に1台である。さらに品質ではトルコの工場のほうが上を行くという。

 その秘密もそこにあった。教育システムである。トヨタが蓄えた製造技術のすべてを教育システムとして現地に移転するセンターである。この支援は本国からの高度な技術者に拠っている。形式知だ,暗黙知だという議論ではなく教育システムとしてナレッジマネージメントが稼働していた。

 製造業で言えば,企業価値を持続的に増大させる経営は,金作り,ものづくり,人づくりの三位一体である。

 企業である以上,資本主義である以上利益を上げることが至上目的である。そのためにものづくりのビジネスプロセスを磨く必要がある。このためには人づくりが必須になる。この三位一体が実現してこそ企業価値の持続的な増大が可能になる。

 金作りだけなら金融業になればよい。この戦略にシフトして凋落して行った巨大製造業もある。

 人づくりだけなら学校だ。企業内教育はあくまで,金作り,ものづくりの目標に対するものである。この教育を大学に求めても仕方ない。大学は基本的に高度な教養を身に付けさせるのが使命である。資質を磨く場である。

 「トヨタというとものづくり」のイメージが強いが,バンコックで見た経営は金作り,ものづくり,人づくりの三位一体が実現されていると拝察した。