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 シゲちゃん、ゴールデンウィークはどうするの? なになに、先月お金を使いすぎちゃったから、どこにも行けないんだって。それは、かわいそうだね。それじゃあ、私の実家に遊びにいらっしゃい。懐かしいものを見せてあげよう。きっと20年前にタイムスリップしたような気持ちになれるよ。パソコンに熱中していたあの少年時代に。

懐かしいぜキュウハチ

 というわけで、シゲちゃんは、浅草から東武伊勢崎線に乗って約2時間、栃木県足利市にやって来た。当地は、その名が示すとおり足利尊氏ゆかりの歴史ある町だ。平安初期に創建されたと言われる「足利学校」、足利義兼の邸宅跡である「ばんな寺」など数多くの史跡がある。ちょうど「足利フラワーパーク」の大藤が満開の季節であったため、駅前は送迎バスを待つ観光客でごったがえしていた。

 「師匠、すいぶんお年寄りの多い町ですね。それに、みんな弁当持ちで来てるじゃないですか。あはは、ケチだなぁ」何を言ってるんだよ。自分だってケチケチ旅行している最中じゃないか。ははあ、お腹が減ったので催促してるんだな。よしよし、今日は特別サービスで、うな重をご馳走してあげよう。おやおや、なんで涙ぐんでいるんだい。そうか、そうか、感動するほど美味しいんだね。それじゃ、私の分も半分あげるよ。

 お腹が一杯になったところで私の実家へ。玄関を開けると猫のミーちゃんがお出迎え。ニャー、ニャーと、やたらとシゲちゃんになついている(うなぎの匂いがするからだ)。和室に入って、ちゃぶ台の上に置かれた懐かしのマシンを見るやいなや、シゲちゃんは「おお!」と笑顔で歓声をあげた。これが何だかわかるんだね。そうだよ。今から20年~10年ぐらい前まで日本中で大ベストセラーとなり、「国民機」とまで呼ばれたパソコン「PC9800シリーズ(愛称「キュウハチ」)」だ。それも超レアな初代PC9801だよ!

 マシンのスペックを紹介しておこう。5MHzのμPD8086(8086コンパチブルCPU)。標準128KB~最大640KBのRAM、外付け1.2MBフロッピーディスクドライブ、そして640×400ドットの8色カラーディスプレイという構成だ。現在のパソコンと比べたら信じられないほど貧弱な機能だが、これでも当時(1982年発売)は、本体とキーボードだけで定価298,000円もした。ディスプレイ、フロッピーディスクドライブ、プリンタ、そしてソフトウエアも含めれば100万円ぐらいになってしまう。とてもではないが、一般家庭で気軽に買える代物じゃなかった。私だって、当時キュウハチに触れられたのは、学校の研究室だけだった。この初代PC9801は、かなり後になって、知人から安価で譲り受けたものだ。

 「これ、ちゃんと動くんですか?」もちろん大丈夫さ。大きなビニール袋に入れて大切にしまっておいたんだから。そこのケースの中に懐かしいソフトがいろいろあるから、自由に遊んでいいよ。フロッピーディスクを差し替えたらリセットボタンを押すんだ。今では信じられないかもしれないが、1枚のフロッピーディスクにOS(N88-BASIC 、MS-DOS、またはCP/M 86)とアプリケーション(ワープロやゲームなど)を一緒に入れておいて、毎回OSとアプリケーションをロードし直して使っていたのだ。ハードディスクなんて、あまりにも高価すぎて見たこともなかった。

 「うお~! 師匠が作ったプログラムを発見しました」そうだよ、学生時代にC言語の勉強をしていたときのものだ。どれどれ、どんな内容だったかな。ははあ、segread関数(CPUのセグメントレジスタの値を返す関数)なんてのを使っているな。当時は、ハードウエアを直接操作するようなプログラムを書くのが当たり前だったからね。実に懐かしい。あれから20年以上経った今見ても、なかなか綺麗で上手なコードじゃないか。でも、そう感じるようじゃ私のプログラミングテクニックは、今でもあまり進歩してないのかもね。突然「ぎゃははははは」と笑い出すシゲちゃん。どうしたんだ? プログラムを実行したらInt Trap Halt(プログラムが不適切な割り込み処理を実行した際に表示されるエラーメッセージ)が出たんだね。これまた実に懐かしい。そうなったらリセットするしかないんだ。ヘタクソなプログラムが暴走したんだよ。

パソコン少年の情熱と夢

 当時のマニュアル、書籍、雑誌なども捨てずに保管してあるから見せてあげよう。まずは、初代PC9801に添付された「ユーザーズ・マニュアル」と「BASICリファレンス・マニュアル」だ。まるで「このパソコンで動作するプログラムは、あなた自身の手で作ってください」と言っているようなものだね。なんたって初代9801なんだから、対応するソフトがほとんどない。あったとしても、とっても高価だった。そのため当時は「パソコンを使うこと=プログラミングすること」だったんだ。ちょっとしたゲームやユーティリティを作れたら、それを製品化するチャンスもあった。小さなソフトハウスを立ち上げて独立開業できた。キュウハチは、パソコン少年たちに夢と希望を与えてくれたんだ。

 パソコン雑誌の内容も、ほとんどがプログラミングに関することだった。延々とプログラムのソースコードが掲載されていて、それを1行ずつ打ち込んだものさ。ところが、ところどころ誤植があってプログラムが動かないことがある。どこかを打ち間違ったのかと何度も何度もプログラムを見直す。1行ずつ丁寧にプログラムをチェックする。自然とプログラミングが上達する。これが、当時のパソコン少年がパソコンを使う当たり前のスタイルだった。プログラミングに熱中していたんだ。

 当時の主力プログラミング言語は、なんたってBASICだったね。BASICインタープリタがキュウハチに標準装備されていたから、すぐにプログラミングを始めることができた。懐かしいBASICのコードを書いてみよう。画面に123と表示するプログラムだ。

1000 REM サンプルプログラム
1010 LET A = 123
1020 PRINT A
1030 END

 「うお~、懐かしいで~す!」と言うシゲちゃんも、昔はBASICをやっていたんだね。1000番からはじめて10番飛ばしの行番号(なぜだかご存知ですか? 後で行を挿入しやすくするためです)、半角カタカナのコメント、いかにもBASICらしいLET、PRINT、ENDといった命令など、今でも自然と手が動いてしまう。

 OSとしてMS-DOSを使う場合は、アセンブラやC言語を使う人が多かった。これらの言語は、低レベルな処理、すなわち直接ハードウエアを操作することが得意だ。パソコン少年たちの多くが持っていたバイブル的な本として「PC9800シリーズ・テクニカルデータブック(アスキー出版局テクライト編、アスキー刊)」がある。これは、ユーザーズ・マニュアル以上に詳しくキュウハチのハードウエアとBIOS(ROMに内蔵された基本入出力プログラム)を解説したものだ。「8086ファミリ・ハンドブック(相沢一石著、CQ出版社刊)」のような石(ICのこと)の解説書にも、ずいぶんお世話になったものだ。

 最後に、この本をぜひ見てほしい「PC-9800シリーズ ザ・プロテクト(井上智博著、秀和システムトレーディング刊)」だ。現在、インターネットのウイルスが話題になっているのと同じように、当時はソフトをコピーすることが、パソコン少年たちの話題の中心だった。さっきも言ったように、市販ソフトはとても高かったので、誰かが買ったものをコピーしようとしたわけだ。それが違法行為であるという意識は、今よりずっと少なかったと思う。そこで、ソフトメーカーは、様々な工夫を凝らしてプロテクト(コピー防止機能)を施す。それに対して、プロテクトの仕組みを知るための資料として、ディスク装置に関する驚くほど詳細な解説書が出回る。パソコン少年たちは、自分の腕試しの意味からもコピーソフト作りに熱中する。それに対して、メーカーは、また新たなプロテクト技法を考案する。これは、現在のウイルスとウイルス防止ソフトの追いかけっこの関係に似ていると言えるだろう。

プログラミングへの目覚めはどこから?

 「師匠が、プログラミングに目覚めたのは、いつだったのですか?」シゲちゃんは、急に仕事モードになってインタビューしてきた。それならお相手しましょう。えへん。プログラマの多くは、物作りが好きなんだと思う。私は、小学生の頃から、紙で飛行機やロボットなどを作って遊んでいた。プラモデルも大好きで、よく作ったものだ。高校生のときに偶然コンピュータと出会い、そこでも物作りすなわちプログラミングに熱中した。運よくプログラミングは、社会に出てからも仕事としてやっていけることだった。シゲちゃんだって、きっと同じような経緯でこの業界に入ったんじゃないかな? そうだって。やっぱり。

 「師匠は、今でもプログラミングに情熱を燃やされていますか?」う~む、難しい質問だなぁ。今でもプログラミングは好きだけれど、残念ながらキュウハチ時代ほどの情熱は無いかもしれない。現在は、物に溢れている。ハードもソフトも安価に入手できる。ちょっとしたソフトは、フリーウエアとして入手できる。これじゃあ、作る情熱は冷めてしまう。「パソコンを使うこと=プログラミング」なんて人は、滅多にいないでしょう。書籍や雑誌の多くも、プログラムの作り方でなく使い方を解説している。

 「それでは、現在のプログラマは昔のような夢を持てないのですか?」いやいや、そんなことは絶対にないよ。我々は、進歩したんだと思う。プログラムを作れるだけでよかった時代から、もっともっとプログラムを活用しなければならない時代に進歩したんだ。プログラマは、180度視点を変えて、コンピュータの内側でなく、それを使うユーザーの側を見なければならない(いいこと言うねぇ)。と自分の言葉に感動していたら、「師匠、すばらしいです。今日の土産話として持って帰ります」と柄にもなくお世辞を言うシゲちゃん。きっと、帰りにお土産がほしいんだな。OK! OK! 駅の売店で名物の「鶴里佐野ラーメン早ゆでコルト45秒」を買ってあげるよ。これって、すごく美味しいんだぞ。