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 「重いリックを背負って山を登る黒川さんは大変だろう」。重量挙げの選手だったNECの金杉明信前社長(現副会長)はかつて、こんな比喩でライバルの経営状態を語ったことがある。だが、富士通が黒川博昭社長の指揮の下、着実に山を登っているのに対して、NECは重さの増したバーベルを持ち上げることができなかった。

 2005年度は期初に掲げた売上高5兆円、営業利益1500億円を下回り、売上高4兆8249億円(前年後比0.5%増)、営業利益954億円(同32.7%減)に終わった。そしてビジョンを語るより、現在の課題に対処することを最優先してきた金杉氏はこの4月、病気を理由に社長を退いた。

 バーベルの重さを増したのは、金杉氏の専門外の半導体と携帯電話端末。熟知するSIサービスやソフトではない。エレクトロンデバイス事業は589億円の赤字、携帯電話端末は中国再建費用などで赤字が拡大した。そうした重さを負いながらも、半導体ではNECエレクトロニクスの社長交代、携帯電話端末ではNECソフト、NECシステムテクノロジーの100%子会社化など、様々なテコ入れ策を打ち出した。

 だが、NECのある役員は金杉体制での施策が2005年度の業績に数字として実を結ばなかった根本的な要因は「実行力に問題があった」と話す。経営層の練った計画が実行部隊の事業部長クラスなどに正しく伝わっていないということなのだろうか。あるいは経営陣の計画そのものに問題があったのだろうか。新会社のNECビックローブ社長に就任予定だった片山徹執行役員専務がお披露目の記者会見をした1週間後、今度は上場会社の保守サービス会社NECフィールデイング社長に就くと発表。唐突な社長交代は方向が定まっていない姿が見え隠れする。

 NECソフトやNECシステムテクノロジー、NECインフロンティアなど上場会社の子会社化は、目的はどうあれ、各社の社員のモラールに悪影響を与えた可能性は大きい。事実、NEC関係者からは、「子会社化の先のビジョンが見えない」、「屋上屋を重ねているため、経営方針が決まるまで、事業部長クラスが待ちの状態」、「誰が責任を持っているのか分からない」と問題点を指摘する声が聞こえてくる。

 SIサービスに走りすぎたことも一因に見える。確かに、05年度の決算でSIサービスの営業利益は約600億円となり、単純計算すると総営業利益の60%を占める。ただし、金杉前社長は目標としてきた営業利益率12%を大幅に下回る7%である。メインフレーム系保守が予想以上に落ち込み、営業利益が60億円強悪化したことなどが原因だという。

 その一方、ハードなどのコンピュータ・プラットフォームの営業利益はSTサービスの4分の1の150億円弱だ。それでも前年度より30億円強増えたものの、営業利益率はわずか3%だ。打開策として、この1年前からユニシスやストラタス、EMCなど米ITベンダーと製品の共同開発と供給の合意を交わした。ただし、ソフトを含めた製品開発の強化・補完に向けたM&A(企業の合併・買収)は実行していない。自社でやるべきことと、他社から調達してもいいもの、それを明確にしていく時期に来ているのかもしれない。

ITと通信の融合をどう図るのか

 しかし、そうした事態は金杉体制下のNEC経営陣は当然、承知していたはず。問題が大きくなる前に明解なビジョンを打ち出し、社員を山に登らせるだけの“実行力”の必要性も痛感していたはずだ。だが、それができなかった。

 この4月に社長に就任した矢野薫氏は“実行力”を発揮できるのだろうか。新社長就任とほぼ同時期に発表した組織変更とそれに伴う役員人事から読み解いてみよう。それらは金杉前社長らが決めたものと言われている。

 今回の人事の目玉は業種別ソリューション部隊に、従来のIT営業やSEに加えて、キャリア向け以外の通信部隊を統合したこと。ITと通信の融合ビジネスを推進するのが狙いだ。もう1つは、これまで分かれていたハードとソフトの開発部隊を統合したこと。基本ソフトとハードの開発を一体化して、製品開発の効率化などを図る。問題はどの分野に投資するかだろう。世界で大きなシェアを持つスーパーコンピュータがあるものの、それが他の製品開発にどう生かされるかも重要だろう。

 注目したいのは、このハードとソフト開発部隊(ITプラットフォームビジネスユニット)の責任者である丸山好一執行役員常務と業種別ソリューション部隊で官庁・公共・金融・通信を担当する相澤正俊執行役員専務、それ以外の一般企業を担当する瀧澤三郎取締役・執行役員専務の3人がACOSソフトなどを開発してきた旧基本ソフトウェア開発本部出身という点だ。「ITと通信の融合」を実行するためと見られる。カギを握るのが一体で開発したソリューション群「UNIVERGE」である。

  NECが発表した2006年度の業績予想は、売上高が1.6%増の4兆9000億円、営業利益は1300億円を見込んでいるが、下期の回復にかなり依存した数字だ。矢野新体制が“実行力”を発揮し、NECが縮小均衡のフェーズに陥らずに済むかどうか。矢野新社長が持ち上げるハードルは、かつてないほど重い。

注)本コラムは日経コンピュータ06年5月29日号「ITアスペクト」に加筆したものです。