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 6月初旬,上野不忍池のほとりにあるウナギ料理の店へ出かけた。5月に新本社ビルへのIP電話導入(東京ガスと同タイプのIPセントレックス)が成功したお客様とお祝いの会をするためだ。上野に来たのは何年ぶりか分からないくらい久しぶりだったが,学生時代は遊び場だった。下宿のある本郷から上野広小路までは,春日通をてくてく歩き,湯島の切り通しの坂を下ると20分ほどだった。西郷さんの銅像に近い不忍池の入り口付近には映画館がいくつかあり,本郷に住んでいる仲間とよく来たものだ。

 さて,今回はこのお客様の本社ビルでFAXをどう扱ったかを題材に,IP電話時代のFAXについて,さらには古い技術の捨て方について考えたい。

IP電話では保証されないFAX

 まずFAXの原理を復習しておこう。もともとFAXは読み取った画像情報(デジタル情報)をモデムでアナログ化し,音声信号として電話網で伝送する装置だ。その流れは,送信側FAXが原稿を走査してデジタル化,それをアナログ変調して送信 →(電話網)→ 受信側FAXで復調してデジタル・データを取り出し,それを基に描画,となる。

 FAXがIP電話網に接続されるとどうなるか。FAXをIP電話網に接続するにはGW(ゲートウェイ)を使う。送信側がIP電話網,受信側がアナログ電話網に接続されているケースは,こうなる。送信側FAXが原稿をデジタル化,アナログ変調して送信 → GWはFAXからのアナログ信号を音声とみなしてデジタル化し,IPパケットに格納して送信 →(IP電話網)→ IP電話網とレガシー電話網を接続する通信事業者内部のGWがIPパケットからデジタル信号を取り出してレガシー電話網へ送信 →(電話網:デジタルからアナログに変換)→ 受信側FAXで復調してデジタル・データを取り出し,描画となる。 

 このように流れは長く複雑になるが,IP電話網を使ったFAXの送受信はたいてい問題なくできる。しかし,100%ではない。例えば,ある通信事業者の企業向けIP電話サービスのFAQには,こう記されている。

「Q.ファクスは利用できますか? 」「A.ファクスの送受信は可能ですが,一部ファクスの機種・NW状況によっては,正常に送受信されない場合があります。ご利用いただけない場合(中略)一般の電話網によりご利用ください。」

 IP電話網でFAXが送受信できない原因としては,パケット・ロス,遅延,エコー・キャンセラなどがある。インターネット・サービス・プロバイダが提供する050番号を使ったIP電話ではパケット・ロスや遅延が問題となる可能性が高いが,03等で始まる固定電話用の電話番号が使える企業向けのIP電話サービスではパケット・ロスや遅延の心配はまずない。企業向けIP電話サービスでのFAXの不具合は,エコー・キャンセラが関与しているケースが多い。 

 エコーとは送信側から送られた音声信号が受信側で逆流して,送信側に帰ってくる現象をいう。エコーは双方向通信の上り,下りが別々のパスを持っているインタフェースから,1本のパスで双方向の信号をやりとりするインタフェースに変換するところで発生する。上記のIP電話網でのFAXの流れでは電話網内のデジタル/アナログ変換で発生する。送信側GWから電話網まではデジタルで上り/下り2本のパスを持っているが,受信側FAXはアナログ2W(ツーワイヤー)という上り/下り1本のパスで伝送するインタフェースであるため,電話網で変換する。2Wは文字通り+(プラス),−(マイナス)各1本の導線で出来ており,回路(パス)は一つしかない。この1本のパスに上り/下りの信号を相乗りさせたり,逆に1本のパスから2本のパスに分離する回路をハイブリッド回路という。

 電話網では送信されてきた信号をハイブリッド回路で2Wに変換するのだが,変換は完全ではないため信号の一部がエコーとなって送信側に逆流する。音声通信の場合,遅延がごく少なければエコーは自分の話している声とほとんど重なって聞こえるため問題にならない。しかし,IP電話網のように遅延の大きいネットワークでは自分の声が遅れて聞こえることになり会話に支障を来す。そこでGWは送信した信号を記憶しておき,エコーが返ってくると送信信号の逆の波形をかぶせて相殺し,エコーを消去する。これをエコー・キャンセラという。

 エコー・キャンセラはFAXやアナログ電話機を接続する端末用のGWだけでなく,通信業者内のIP電話網とレガシー電話網間のGWにも搭載されている。エコー・キャンセラは時にFAXの制御信号にひずみを生じさせ,送受信以前に行われるFAX間のネゴシエーションができず,通信不能になることがある。

レガシーPBXの活躍

 企業で使われているFAXには送受信の確実性が求められる。取引先からの注文書や見積もりといった重要な書類が送受されることがある



からだ。「FAXがたいてい大丈夫」なIP電話網では使えない。そこで,冒頭で紹介したIPセントレックスを導入した企業では,本社内の100台近いFAXをIP電話とは切り離してアナログ電話回線で利用することにした。アナログにしたのはISDNと違って,停電時も局からの給電で利用できるからだ。ただし,停電時はFAXの送受信は無理で電話機としての利用しかできない。

 100台のFAXに100本のアナログ電話回線を引くというのは,それらを同時に使うことはないのでもったいない。おまけに本社内のFAX同士で送受信するにも料金がかかってしまう。そこでレガシーな小型のPBX(写真)を設置し,FAXを収容することにした。アナログ電話回線の本数を絞れただけでなく,本社内のFAX間通信が内線通話になり費用がかからなくなった。

 IP電話の時代になったからといって,アナログが悪いとは限らない。FAXの送受信を確実にする,という目的にアナログ電話回線とレガシーPBXが適しているのなら使えばいいのだ。古いモノが悪いとは限らない,目的に合わないモノが悪いのだ。

長い眼で見たFAXの扱い

 現在の企業がFAXを使う限りは,ここに述べた選択肢は正しい。しかし,もっと長い眼で見たときはどう対処して行くべきだろうか。相変わらず,我々の使う名刺にはほとんどFAX番号が記載されている。これからも名刺にはFAX番号を載せ,企業としてFAXを使うという「意思表示」を続けるべきだろうか? 筆者は名刺からFAX番号をなくし,FAXを代替しているメールへの完全なシフトを促すべきだと思う。メールとスキャナあるいはデジカメがあればFAXは代替できる。現に代替は進んでいる。

 情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)の統計によれば国内の年間FAX生産台数は95年に578万台だったものが,2005年には6%弱の33万台まで減少した。33万台は複合機も含んだ数字だ。Windows95がTCP/IPを標準装備したのを契機にインターネットやイントラネットの爆発的な普及がこの10年で進んだ。誰もがメールを使うようになった結果,FAXの需要は激減したのだ。

 ここまで明確に代替が進んでいるのであれば,わずかなFAXの通信を保証するために余分な設備を持つことは社会的にもったいない。名刺にFAX番号を記載しないことで,積極的にFAXからメールへの完全シフトを促進するのが合理的だ。

 FAXはセキュリティの観点でも問題にする企業がある。メールやWebの閲覧,各種のアプリケーションの利用はすべてのログや内容をシステム的に蓄積し,必要があれば違法行為の追跡や個人の利用状況のチェックが簡単にできる。しかし,FAXでは送受信ログや文書の内容を自動的に収集蓄積して管理するのは容易ではない。

 FAXからメールへの完全移行は企業には簡単だが,町の八百屋さんや高齢者が自宅で使っているFAXをどうするかは難問だ。キャリアが開発を進めるオールIP化された次世代ネットワークでは,数多く使われているアナログ電話機の扱いも問題になる。古い技術の上手な捨て方というのは,これからの大事なテーマではないだろうか。筆者が7月に行う次世代ネットワークの講演(「ユーザー視点から見る企業の次世代ネットワーク構築」)では,この点についても持論を述べたい。

260年ののれん

 不忍池のほとりにあるウナギ料理の店は260年の歴史があるという。学生時代にはこんな店が映画館のすぐ近くにあることなど知りもしなかった。会食をした5階の部屋はすばらしかった。部屋そのものがぜいたく,ということではない。

 店は不忍池と道路をはさんだ向かいに建っているのだが,その部屋からは道路やクルマ,周辺の雑多なビルは眼に入らず,池の周囲の豊かな木々と池,そして池の左手奥に高層ビルが“2本”見え,ちょうどいいアクセントになっていた。 

 上野という雑然とした騒々しい感じの場所なのに,閑静な森にいるようだった。