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 私は企業の研究所に24年間、大学に14年間在籍してその間、研究・開発・マネージメント・教育全般に携わってきた。

 私が研究所で過ごした20世紀の日本は「産業技術」育成のために国力を投入して大きな成功を収め、つい最近までその余韻に酔いしれてきたといえる。この「産業技術」は機械と電子・情報・物理・化学などのメカトロニクス技術を融合した先端技術に負うところが大であり、自動車、家電、携帯機器、電子部品など、日本の花形産業を創成してきた。

(1)技術ウィービングの時代

 21世紀に入ると、個々の技術、機械・電子・情報・化学・物理などが融合するとともにナノ・バイオ技術まで深化して垂直と水平の技術展開が始まっている。そしてコンピュータや通信、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、エネルギー、新素材、脳科学といった、ありとあらゆる科学技術と、動植物や人間、環境などに関する社会技術があたかも縦糸と横糸のようになって紡がれ一枚のウェッブ(織物)のように有機的に結びついてきた。これを筆者が委員長を務めていた第18期日本学術会議メカトロニクス専門委員会では、技術ウィービング(weaving:織ること)と命名した。

 これに対して社会のニーズは多様化すると同時に、個人のニーズが重要となり、いわゆる生活者ニーズに基づく「市民技術」が求められるようになりつつある。

 一方90年代のアメリカでは、大学の技術移転機構(TLO)やインキュベーションセンター、ビジネススクールでMOTを学習した技術経営人材育成によって新規事業を行うベンチャー企業が次々に生まれ、その後10年以上にわたる好景気を享受するに至った。

 米国は日本に追い上げられた経験から、いち早く新しい手を打った。すなわち、モノをつくること以上に、情報、バイオ、宇宙などの先端技術開発による知的財産の獲得と、サービス応用を主体とした先行利益の確保である。教育面においてもMOTやMBAコースを各大学に設置して問題解決型人間、すなわちイノベーション思考の人材育成を強化した。

 日本の「失われた10年」の一つの原因として、アメリカのような知的資産化とそれによる資金調達に失敗しているということが挙げられる。従って今後日本は、知的資産を活用した企業経営ができる人材を数多く育成し、そうした人材達が既存企業の活性化を促進したり、ベンチャー企業を育てていくことが再生への近道であると言われている。

 このように蘇った米国に対し我が国の現状は途上国からモノづくりで追い上げられ、かつての米国の様相を呈してきた。そこでこのような情勢に鑑み、日本でも経済産業省が2002年度はMOT教育プログラム開発に多額の国費を投入し、MOT人材1万人計画を発表した。

 21世紀は知の世紀といわれる。これは必ずしもひとりの天才によってではなく、独創的な企画、信念または現状に柔軟に対応する感性を有する人々によって前進するものである。また、学問分野、産業分野、社会分野における人的交流と融合、ウィービング(織り成す)によってもたらされるものである。

 技術のロードマップを描ける構想力と同時に、その実現に関係するすべての組織を見渡して交渉ができるマネジメント能力をも兼ね備えた、課題発見・解決能力を有する人材が、社会セクターの範疇・規模を問わず、あらゆる分野で求められている。イノベーション力を備えた人材を育てることが急務である。イノベーションと言ってもいわゆるブレークスルー型の技術革新を目指すのではなく、テクノロジーとマネジメントという二つのツールに基づいて世の中の様々なシステムを革新することである。

 私が運営するNPO法人WINの知識ビジネスプロジェクトでは、知識を構造化した俯瞰図を描いてみた。

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(2)ウェアラブルへの30年の足跡

 今から30年ほど前の日本は、まだマルチメディアからほど遠い、電話とテレックスの時代であった。筆者が電電公社(現NTT)の電気通信研究所に入社したのは1968年であった。そこでは従来からの音声通信の全盛時代にもかかわらず、コンピューター通信の時代のほのかな明かりが灯りはじめていた。電電公社には、このデータ通信に向けた膨大な投資と、多彩な研究技術開発テーマを準備していた。

 コンピュータ通信に必要な情報端末は、まずキーボード・プリンタであった。この開発は、従来のテレックスのスピードの3倍以上、重量5分の1以下、コストパフォーマンス10倍以上の目標のもとでスタートした。このような電電公社におけるコンピュータ通信サービスの要となるキーボードプリンタの研究開発グループの一員として私は迎えられたわけである。ここで私に与えられた課題は毎秒200ビットの通信回線に適合する毎秒20字の英数カナ文字用キーボード・プリンタの開発であった。

 機械式の活字選択位置決め機構を設計し、一印字サイクル50ミリ秒の間にすべての動作が安定に、残留振動も納まる機械を完成し、世に出したわけである。その後も漢字プリンタ、光ディスク、磁気テープ、磁気ディスク、マイクロメカトロニクスなどの研究開発に携わってきました。さらにNTT時代の後半はマイクロオプティクス、マイクロマシニング技術を情報機器の中にとり入れ、小型化、経済化を図るという目標のもとで、技術者とプロデューサの両方の立場で活動し続けてきた。この経験から得たものは、情報機器はムーアの法則のお陰もあり、マイクロ化の一途をたどって、やがては、チップになるという確信であった。すなわち、情報機器は初期のスタンドアローン型からデスクトップ、ラップトップ、パームトップへと進み、やがてはウェアラブル、そしてさらにはインプラント(埋込み)へと進むことは明らかである。これが進むと情報端末の究極の姿は、やがて来たるパーベイシブ(Pervasive)、ユビキタス、(Ubiquitous)という概念の情報システムの立役者になるであろうという確信をもった。

 そうであるならば、パーベイシブ、ユビキタスの世界はどのようなサービスが望まれているかということを真剣に考察して、それに必要な技術は何かと思いをめぐらせ、それの準備にとりかかろうという気持ちに駆られた。私は、人間が一番求めるものは「豊かさ」(Wealth)ではないかと考える。その豊かさの中でも一番は健康(Health)である。

 したがってITによってHealth Careを実現することが、まず一番のサービスであろうと考えられる。このHealth Careには、Human Health Careはもちろん、Earth Health Careという意味がある。すなわち地球環境保全と人間の健康維持こそ、豊かさの真髄である。

 以上のような技術の潮流と人間の求めるニーズまたはサービスとを勘案して、大事なことはまず、(1)情報通信のため人類が開発してきたさまざまな機器に思いをいたし、将来の新しい機器の姿をたずねること。すなわち『温故知新』である。

 つぎに、(2)地球環境の危機と高年齢化時代に必要とされるテクノロジーとは何か、そのためのサービスはいかにあるべきか、また、それを実現する具体的技術とは何かを考えることである。

 現時点では情報機器の最前線はウェアラブルである。そこで、情報機器の誕生から現代のウェアラブルに至るまでの足跡をたどりながら、筆者の体験を交えつつ、人類が挑戦してきた情報ウェアラブルへの闘いを次回以降再現していく。そこに登場するトピックスは、筆者の監修する情報・環境・社会誌「ネイチャーインタフェイス」でも紹介しているのでこちらも参照してほしい。