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企業価値の評価

 企業価値とは何だろうか。

 一番単純な評価は,時価総額であろう。とにかく,市場が値付けしているのであるから。理論的にはその価格で売買される。ただ,企業の部分所有権である株式は文字どおりそれで取引されているが,企業全体の売買というM&Aではまた異なる論理が働く。

 一時は我が国でも時価総額経営が標榜され,ソフトバンクの時価総額がトヨタ自動車を抜き話題になったが,その後の結果は,一時的な時価総額が本来の企業価値を表すものではない事が確認された。

 しかし,かといって時価総額を否定することはできない。資本主義では市場原理を否定することはできないからである。

 企業の市場価値という事になると,この時価総額に有利子負債を加えたものになり,それは別の解釈では投下資本の簿価(Book of Rate),市場付加価値(Market Value Added)の和と見なされる。

 バブル崩壊以前の日本企業は土地と株式の膨大な含み資産を有しそれがこの市場付加価値となっていたが,幸か不幸か,バブル崩壊で含み益どころか含み損を抱える企業が多く,市場付加価値(MVA)は本来の意味,即ち将来の経済価値創造の市場の期待値になった。また経営陣と社員への期待値にもなった。ここが小さいことは経営陣と社員に関して市場の評価が低いことになる。一時はこれがマイナスの企業多く,これがこの企業価値の研究を始める動機になった。

 なぜ多くの日本企業が低い評価しか市場から受けられないのか?

企業の市場評価

 ビジネススクール的には,「企業価値」とは,事業価値即ち,事業が生み出す将来キャッシュフローの現在価値の総和と非事業資産の価値(金融資産や遊休資産など)の和と考えられている。また「企業価値」から有利子負債価値を減じたものが「株主価値」となり,理論的には株式時価総額(株価×発行済株式総数)と一致するとされている。いわゆるこの,

株式時価総額=(事業価値+非事業資産価値)-有利子負債価値

という式が,EVA(経済的付加価値)経営といった考え方の背景にあり,有効性の根拠ともなっている。

 一方,株式時価総額が重要であることは間違いないが,企業価値を正当に表現しているとはいえない。株価は投資家の思惑や情報の非対称性などの要素も含んでおり,毎日のように乱高下する株価が,企業価値を正確に表現しているとはいえない。また事業価値の算出に必要な将来キャッシュフローの予測には評価者の主観性,情報の不完全性などが付き物であり,正確な数字を算出することは不可能である。よって先の式が成立することはない。

 大量の従業員をリストラすれば,数字上は「企業価値」は増大するが,はたしてこれが企業の本質的な価値を表しているといえるのだろうか。表面的な数字で企業価値を議論する前に,企業の価値の源泉という視点に立ち返ってみる必要がある。

 経済のグローバル化やITによるネットワーク化,時間短縮によって企業をとりまく環境は根本的に変化している。例えばインターネットの発達により情報の空間障壁が取り除かれたために,新規参入の壁は低くなり,またあらゆる商品の情報を簡単に同時比較できるようになり,買い手の交渉力も高まっている。

 この状況下では,ブランドやサービスなどの無形の経済価値が顧客の評価になる。従って,土地や建物,生産設備などの有形固定資産,他社の株式などの金融資産といった「見える」資産は単純にそれだけで,企業の経済価値創造に資本にならない。加えて,本邦においては資産デフレが激しく,有形資産は金融価値が大幅に下がってしまった。つまり有形資産で企業価値を評価する時代は過去のものになった。

 それに代わって,差別性が高く模倣性の低い,ブランド,従業員の能力,技術といった「見えざる」資産,つまり無形資産に企業の価値の源泉はシフトした。

 価値評価の重要性が高まっているが,無形資産は文字通り,見ることができないために,その数値的評価は非常に困難を極める。そのために重要性が認識されつつも,無形資産の価値測定の試みはマネージメントの中枢でされてこなかった。

 日本企業は,無形資産に対する認識が低く,その結果,企業は自社の有する無形資産の価値を最大化することができず,多くの企業は無形資産からキャッシュを生み出すことができていない。さらに自社の有する無形資産の価値を外部に開示することができないため,投資家が正当に企業の評価をすることができず,市場からも過小評価されてしまうという悪循環に陥っている。