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 暑いですね!やっと梅雨があけて夏本番となりました。夏らしくていいのですが、あまりの暑さに体力を消耗してしまったり、熟睡できなかったりして不調だという方もいらっしゃるかもしれませんね。夏休み中のお子さまに遊んでほしいとせがまれることもおありでしょう。さて、そんなときにも、あなたは仕事に出かけますか?

億万長者なら

 体調がすぐれなかったり子供がぐずったりするときも、多少の無理をしてでも仕事に出かける方が実際には多いのではないでしょうか(「暑くてしんどいので休みます」とは言いづらいと、わたしはこれまで感じてきました)。高熱などのときは休みをとる方もおられるでしょうけれど、何日も続けてとか度々というのは気がひけそうです。

 でも一方で「なぜこうまでして仕事をしているのか」と素朴に感じる瞬間は、誰にもありそうです。例えば、もしも宝くじなどで巨額のお金が手にはいったとしたら、いかがでしょうか。仕事をやめますか。または別の仕事を選び直されるでしょうか。

なぜ働くのか

 「なぜ働くのか」というのは、あまりに深く大きな問いですが、パーソナルなことでそれを迫られる場面が、わたくしにもありました。家族が大病を患ったときです。手術による後遺症の可能性があり、その場合には介護が必要という状況でした。様々な援助をお願いするにしても、主として自分が介護をするとなれば、それまでどおりに仕事を続けることは困難と予想されました。

 もとより「何よりも仕事が大事」というタイプでもなかったのですが、いざ「仕事を辞めざるをえないかもしれない」と頭をよぎると、なんだかとても悲しい気持ちがしてきました。賃金労働ではないが家族のケアは大事な仕事だ、これまでのキャリアはどうなってしまうのか、今の仕事を辞めてもまた働く機会があるか、在宅での仕事はどうか、正社員・総合職でなくアルバイトならどうか、どの程度の収入が必要か、悲しい気持ちになるのはなぜか、などあれこれ考えました。

働く自由

 おかげさまでそのときは仕事を辞める必要は生じませんでしたが、自分なりの働く意味について、それ以前に比べると深く意識するようになりました。まずは、働く自由があるのはラッキーだと思いました(自由に働く-好きな時に好きな場所で-とは別ですが)。仕事があり、自分がそれをさせてもらえるのはありがたいと純粋に感じました。(一般には、こういう思いが強くなり過ぎると、過剰に頑張ってしまうことに注意が必要ですね)

 なにも「働けるのはありがたいことなので、しっかり働きましょう」とお伝えしたいわけではありません。ただ、自分にとっての、働くに際して重要な要素がわかると、苦しくなった場面で立往生せず、一歩目を踏み出す方向を選びやすくなりそうに思われます。

 働くのは、生活の糧のため、社会的認知のため、成長のため、世の中のため、次世代のため、その行為自体がおもしろい、などいろいろありそうですが、「いざとなったときに、何をあきらめるか、どうしても捨てられないのは何か」が、自分でわかるということが重要だと思います。

目的の自由

 同時に、世間や他人の価値観でなく「自分にとっての価値」というのが、いまのわたくしたちにとって、分かりづらくなっているようにも感じています。生活を豊かにするための道具やサービスが次々に生まれているにもかかわらず、生活全般に満たされないものを感じたり心身が疲れたりしているひとも多いですよね。

 消費対象の選択肢が増えているために、働くことへのエネルギーの注ぎ込み方の選択肢が実態として減っていると指摘する声もあります。横並び意識も手伝って、多数のひとが、より多く消費するためにより多くの収入を得る方向へと、より多くのエネルギーを注ぎ込みがちとのこと。

 それでも本来は、栄養失調にならない程度に食べることができたうえで、自分の生活や人生のうえで最も大切なこと(逆に、究極の場面では諦めること)を冷静に考えると、働く目的も、人によってもっと自由でいろいろありそうですよね。

 日頃は忙しくてそんなことを考える暇もないかもしれませんが、夏期休暇などの折に、まさに一休みして、ゆっくりと考えてみられるのもよいのではと思います。

 それでは、今日もイキイキ☆お元気に。