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 高度に発達した21世紀の社会も,巨大な自然災害の前では弱き存在でしかありません。2004年12月,インドネシアのスマトラ沖で発生したマグ二チュード 9.3という巨大地震と,それによって発生した津波はまだ皆さんの記憶に新しいと思います。震源地周辺のインド洋各国で,死者22万人,負傷者13万人にもなりました。特に沿岸各国の津波による被害は甚大で,インド洋の各国には津波警報国際ネットワークが無く,2時間後に津波が到達するような地域に対しても避難勧告を出すことができず,多くの死者を出す一因となったと言われています。

 こうした自然災害など緊急事態の情報をICTで素早く流通させるべく,地球規模で活動しているグループがあります。今回は,安全な社会を構築するためのインフラストラクチャとして,緊急事態の公衆警報に関するオープン・スタンダードの開発活動についてご紹介します。

OASISの緊急事態管理技術委員会

 オープン・スタンダードの標準化組織であるOASISで,緊急事態管理技術委員会(Emergency Management Thechnical Committee)と呼ばれる委員会があります。この委員会は2003年1月に設立されたもので,現在18団体からの代表者と個人会員による総勢29名の緊急事態管理の専門家が結集し,緊急事態管理に関する標準化活動を活発に展開しています。

 現在,国家,政府機関,非政府組織,民間企業は,災害発生時に対応を指揮する組織(緊急事態管理オフィス)の制度を持っています。緊急事態管理オフィスは,緊急事態の状況,リソース,進行中の対策活動についてのデータを収集・駆使して,災害への対処を進めます。現時点の緊急事態管理オフィスは一般的に,様々な種類のソフトウエア・プラットフォームを使用してデータを管理していますが,そのシステムのほとんどはスタンドアローン・システムで,他の機関や政府の間でデータを共有することが非常に難しい状態になっています。

 しかし高度に発達したICTを活用すれば,緊急事態管理においても,さらに地球規模で統合的な手法を採用することが可能になるはずです。特に,サービス指向アーキテクチャ(SOA)の登場によって,既存の業界標準技術を使用しながら,多様な緊急事態情報システム間の相互運用性を維持する新たなチャンスをもたらす可能性が充分あります。また,テレビ放送やラジオ放送といった既存の放送インフラも緊急事態情報を交換するために利用できるはずです。これらと情報システムを統合することで,可能性が大きく広がるでしょう。

 ただ,緊急事態管理にICTを適用するうえで不足しているパーツがあります。それは「スタンダード」です。緊急事態管理でICTを最大限に活用するには,データ構造やメッセージ交換プロセスのための新たな標準を設計して,工夫をこらした仕組みを開発する必要があります。こうした背景を受けてOASIS緊急事態管理技術委員会は,多様な緊急事態情報システム間の相互運用性を確保するフレームワークを提供するべく,XMLベースのオープン・スタンダードの設計・開発・リリースを進めているのです。

技術委員会の成果物

 この技術委員会では,これまでの約4年に及ぶ活動を通して,以下の2つの標準を開発し,OASIS標準としてリリースしてきました。

(1)CAP (Common Alerting Protocol 共通警報プロトコル) v1.1
あらゆる危険の原因となる緊急事態の警報と公衆警告を,すべての種類のネットワークで交換するために設計された,警報とイベント通知アプリケーション向けのXMLベースのデータ交換標準です。2005年10月にCAP 1.1としてOASIS標準に制定されました。このCAPによって,多くの異なる警報システム上で,一貫した警報メッセージの同時配信が可能になり,警報作業を単純化しながら,より効果的に警報を伝達することができるようになりました。≪CAPのPDFによる資料はこちら

(2)EDXL-DE (Emergency Data Exchange Language (EDXL) Distribution Element 緊急事態データ交換言語 分散要素) v1.0
この仕様は,XMLベースの緊急事態データ交換言語(Emergency Data Exchange Language:EDXL)を使用して,緊急事態情報システム間のデータ共有用の標準メッセージ配信フレームワークについて記述しています。このフォーマットは,SOAP HTTPに限定されずに,あらゆる種類のデータ伝送層上で使用されることを想定しています。EDXLは,作業,物流手配,計画及び財務をサポートする広範囲な緊急事態データ交換標準用の統合フレームワークで,EDXLの本体部分でCAPが利用されています。EDXL-DE v1.0は,2006年5月にOASIS標準に制定されました。≪EDXL-DEのPDFによる資料はこちら

普及啓発のためのワークショップ

 こうして開発された緊急事態向けの標準も,実際に利用されなければ“宝の持ち腐れ”になってしまいます。そこでOASISでは,ITU-T(国際電気通信連合=ITUの電気通信標準化部門)と協力して,2006年10月19月から20日に,スイスのジュネーブにて,「TU-TとOASIS共催による公衆警報向けICT標準の高度化に関するワークショップとデモンストレーション」を開催します。国連のWMO(世界気象機構)のWorld Weather Watch部門のJohn L. Hayes博士による基調講演に始まり,公衆警報の専門家による緊急事態管理に関するOASISのオープン・スタンダードに関連する様々なセッションが展開されます。このイベントに日本の国土交通省や気象庁といった緊急事態管理の関係者の皆さんが参加されることを願っています。

望まれる日本での標準化活動

 残念ながら先のOASIS緊急事態管理委員会には,日本人は誰も参加していません。ここでご紹介した緊急事態管理に限らず,情報交換の相互運用性を確保するオープン・スタンダードを活用することで,私達の社会生活を安全で効率良くできる分野は,まだ数多く存在しています。特に,アジアという視点で見ると,環境問題,自然保護,エネルギー開発,自由貿易等々,日本がイニシアティブを取ってアジアでの標準化を進めることが有効な分野は多岐にわたります。

 オープン・スタンダードというとWebサービスなどのICTインフラストラクチャばかりに目が行きがちです。しかし,私達の社会活動を安全で実り多いものにするための共通基盤として,アプリケーション分野のオープン・スタンダードを開発・普及させていくことも大変重要だと思います。日本政府がこうした分野に目を向け,アジアでの標準化のイニシアティブを取ってもらえるよう,心から望んでいます。