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 9月26日付の日本経済新聞一面に掲載された記事によると,米国がついに先発明主義から先願主義に移行し,いよいよ世界特許制度創設に向けた動きが始まるという。

特許,出願優先に統一へ・米が転換,主要41カ国大筋合意(日本経済新聞,9月26日)

 特許の世界は日・欧・米の三つの極から構成されている。日本は国内出願年間40数万件を安定的に推移させている世界一の特許出願大国であり,米国特許取得件数の企業リストでも,毎年,ベストテンに過半を送り込む国である。欧州の存在感は徐々に低下しているものの,1973年に発効した欧州特許条約が浸透し,出願・権利化について欧州全体がほぼ一つの手続で可能になるなどの制度改良を重ねた結果,化学,バイオ,薬など一定の分野では未だに強い影響力を発揮している。

 これら日欧の特許制度は,先願主義(真っ先に出願した者に独占権を与える制度)・公開制度(出願日から18カ月をもって,出願審査の進捗によらず一律に出願内容を公開する制度)を基調とした安定した設計となっており,事実上の世界標準であった。

 その中で,世界唯一の超大国である米国の特許制度のみが,先発明主義(真っ先に出願した者ではなく,出願が遅くても最先に発明したことを立証した者に独占権を与える制度)に固執し,かつ,米国以外のすべての国が採用している公開制度も「米国外に出願される特許出願に限る」という限定付きで2000年11月からようやく施行された。ちなみに,米国の他に唯一先発明主義を採用してきたフィリピンは1998年に先願主義移行を果たし,米国は文字どおり特許制度において世界の孤児であった。

 米国がようやく先発明主義を放棄し,先願主義に移行することによって,特許制度は世界統一へ大きく動き出すことになる。世界特許制度創設は,特許関係者の悲願だったが,これに対する最大の障壁となっていたのが米国の独自な特許制度の存在であったからだ。

 現在の特許制度で世界的な保護を得るためには各国で手続をしなければならない。例えば,電子部品関連の発明の場合,日本の他に,生産国と考えられる中国,台湾,韓国,消費国と考えられる米国の5カ国で出願することが通常になっているが,一国あたりの権利化費用を200万円と見積もると一発明あたり1000万円近くにも上る。大企業にとっては容やすい額であるかもしれないが,ベンチャー企業にとっては死活問題である。このため,特許戦略は事実上,大企業のために存在すると言われ,企業規模による「知財デバイド」が問題視されてきた。

 世界特許制度が施行されれば,「知財デバイド」は解消される。最も,今回合意されたのは「一国で権利を取得すれば世界中で保護を受けられる」(一審査・全域保護)というような広汎な内容ではない。世界中の国々の特許制度(特許とするための要件を含む)を大枠で統一し,審査の共通化を図ろうという程度ではあるが,現在の欧州で実現されているような一審査・全域保護の布石となることは間違いがない。

<今回の世界統一への動きの内容>
・先願主義・公開制度の世界的導入
・出願日は第一出願国に出願した日付とする。
・特許要件(特許となるための審査条件)を統一。
・発明を公知化後,12カ月以内に出願すれば救済される。

 仮に,世界特許制度が導入されて一審査・全域保護となれば,ベンチャー企業は資金力に関係なく大企業と特許戦略でも比肩することができるようになり,企業規模による知財デバイドは解消される。飛躍的な情報通信技術の発展によって「知」の偏在が解消されようとしている昨今,企業競争力は企業規模や資金力のみならず,イノベーションを絶え間なく生み出すことのできる能力により維持されていることは間違いがない。インターネットの分野ではGoogleが設立数年で巨大なエクセレントカンパニーとなり,バイオの世界では多くの基礎研究がベンチャー企業により分担されていることはこれを裏付ける事実である。

 企業競争力の動因であるイノベーションを保護する役割を果たすべき特許制度が企業規模や資金力に依存する旧態依然とした形態であることは許されない。世界特許制度の導入は,企業規模による知財デバイドをなくし,16世紀に生まれた特許制度という古色蒼然とし始めた仕組みを21世紀のビジネス環境に沿った形にするための大改革である。これをなしえなければ,特許制度はフェアなビジネスのツールとして生き残りは許されないとも考えられるのではないだろうか。

コラム:先発明主義と先願主義
 特許制度を「発明を保護する制度」と捉えると,真っ先に発明にした者に独占権を与えるという先発明制度は一見理にかなっているように思われる。しかし,特許制度は単に「発明を保護する制度」ではなく,「発明をいち早く自ら公開し,その公開の恩恵として独占権を付与する制度」である。発明者自ら発明を公開することを促し,後続の発明者に参照させることによって,より早く確実に技術革新を進めるというのが特許制度の趣旨だからである。
 このように考えると,発明日が早くても出願(発明を自ら公開することに相当する)が遅い者は劣後させる先願主義の方が制度趣旨に沿っていると考えられる。先願主義によれば出願日の確定は特許庁提出日となり極めて容易なのに対して,先発明主義下において発明日の確定・立証は困難を極め,一旦有効に成立した権利が他の先発明の立証により後に無効になるなど,権利の安定性にも問題があると言われてきた。
 ちなみち,「発明をいち早く自ら公開し,その公開の恩恵として独占権を付与する制度」が特許制度であると捉えると,審査進捗のいかがにかかわらず一定期間経過後発明を公開する出願公開制度は,特許制度上,本質を構成する制度であるともいえる。つまり,先願主義と公開制度はペアなのである。