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 創造的開発にとって自由を獲得することは重要である。ヘーゲルの「歴史哲学講義」では,「人類の歴史とは自由の理念の発展過程」という主題が貫かれていた。マイクロプロセッサ開発の歴史も「開発における自由の獲得の発展史」と言える。

 マイクロプロセッサ開発では,実に様々な技術要素が絡み合う。応用,システム,コンピュータ,オペレーティング・システム,プログラミング言語,ハードウエア記述言語,論理設計,回路設計,レイアウト設計,半導体プロセス,検証,コンピュータ支援設計ツール(CAD),開発方法論などである。これらの技術を統合的に身に付けていくことが,開発における自由の獲得につながる。しかも,それらの技術は今もなお発展し続けている。開発における自由を獲得できないと大きな仕事はできない。

 私は大学を卒業してから一貫してマイクロプロセッサの開発に従事した。大学では理学部で有機化学を専攻したから,マイクロプロセッサ開発に関する技術はすべて仕事を通して勉強した。社会に出てから勉強することは大変なことだった。卒業時に私が使えた“武器”は,卒業研究を通して得た実験に関する方法論,決して手を抜かないという意思,いろいろな考え方と考え出す力だった。

 技術はモチベーションと努力で習得できると思い,大学を卒業したときに,対象は何であれ開発をやってみようと決心した。開発するということがモチベーションとなり,どんな仕事に対しても挑戦的に新しい方法を考え出して実行した。プログラム論理方式によるプリンタ電卓や,世界初のマイクロプロセッサである4004を開発する機会に出会ったときには,小さな成功とともに,システム,コンピュータ,プログラミング言語,論理設計,トラジスタ回路などの技術を習得できた。新規の開発により少しずつ開発における自由を獲得していった。また,挑戦的に新しい方法を考え出したことが創造的開発への道につながった。

 私にとって,大学の教養時代に得たものは考え出すことの源となった。私が入学したころは,入学時に学科別に分かれていなかったので,理学部の異なる学科を希望する学生や,薬学部の学生と一緒に教養科目を受講した。3年次には専門が異なる学生と一軒家を借りて共同生活をおくった。

 そのおかげで,自然と小説や哲学書ばかりでなく,宇宙誕生の理論である「ビッグバン宇宙論」を提唱したジョージ・ガモフが書いたガモフ全集やオパーリンの「生命の起源」などを読んだ。モノカルチャな狭い社会から,自分とは異なる考え方を主張する人たちが住むマルチカルチャな社会へ飛び込んだようだった。マルチカルチャに触発され,新しいことをいろいろな見方で考え出したり討論したりすることが少しずつできるようになった。

 教養科目の知識を得ることも大切だったが,私にとっては,異なる分野の異なる考え方を多くの授業で勉強することが新鮮で重要だった。また,先生方の考え方にも興味があった。倫理や哲学の授業では思想と論理的思考を学び,英語やドイツ語の授業では言語よりも教材の小説の内容に興味がわいた。幾何学の授業は難しかったが,幾何学の論理と美しさを学んだ。

 社会に出て開発を希望する人は,すぐに役立つ工学や経済学だけでなく,すぐには役に立たないかもしれない理学や文学も勉強すべきである。創造的開発には,科学,工学,思想,美的感覚などの融合が必須である。創造的開発においては,思想と個性を持たさないアイデアをそのまま実現したり,受身で得た知識としての技術をそのまま使って実現したりしたのでは必ず失敗する。

 一生の間に大きな機会が3回はめぐってくる。その機会をつかむか見逃すかは,開発への意欲,技術,思想,美的感覚,柔軟性,考え出す力,方法論,小さな成功体験などの習得にかかっている。人間はいろいろな能力を身に付けることができる。教養課程と専門課程でしっかりとした基礎を作り,社会に出て基礎の上に少なくとも2本の柱を築くのが理想である。解決困難な問題に直面したときに助けてくれるのは,専門分野の既存の技術ではなく,異分野の技術であり考え出す力である。その道案内をしてくれるのが教養教育である。

 大学時代に習得すべき力は,問題を見つけ出し,本質を見抜き,創造するための,考え出す力,挑戦する力,聞き出す力,説明する力,判断する力,実行する力である。考えて,考えて,決してあきらめずに,最後までやり抜けば,何とかなるものである。