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日本IBM 東京基礎研究所 Innovation Informatics マネジャー 澤谷由里子氏

 現在,私は日本IBM東京基礎研究所で,サービス・サイエンスの研究を推進しています。サービス・サイエンスとは,日本および世界の経済において重要性が高まっている「サービス」を工学・科学的に分析し,問題点を把握して生産性を高め,サービスにおけるイノベーションを推進・加速させるという研究です。

 日本においても,サービス・サイエンスに積極的に取り組む大学や研究機関が増えていますが,発端となったのはIBMのアルマデン研究所のサービス・リサーチ部門が2年以上前に「Services Sciences, Management and Engineering(SSME) 」(略してサービス・サイエンス)いう言葉を発信したことです。

 最初に私の現在の仕事について簡単に紹介しましたが,もともと私は研究者として社会人のスタートを切ったわけではありません。

入社3年目に結婚,夫とともに英国へ

 大学院を卒業し,日本IBMに入社したのは今から約20年前のことです。大学で情報科学,大学院でシステム科学を専攻していた私は,「コンピュータに携わりたい」「女性でも活躍できる会社で働きたい」という思いから,日本IBMへの入社を決めました。

 なぜ技術者になったかというご質問を時々受けます。いま振り返れば,私が理数系の道を選んだ原点を探すとしたら,それは小学生の頃だったのではないかと思います。当時,私の父はステンレスの研究者で,平日はなかなか触れ合えないのですが,週末になると数学のクイズを出してくれるのです。それを解くのが本当に楽しみでした。幼い頃に理数系の楽しさを刷り込まれた私は,当然のように技術者の道を進むことになりました。

 日本IBMに入社してまず配属されたのは,大型コンピュータのソフトウェア開発部門でした。IBMのメインフレームのシステムの立ち上げからシャットダウン,パワーオフ,問題の修正まで自動的に行なうプログラムの開発をしていたのですが,その仕事に熱中し,よくシステム室(床に空調があり温度の低い部屋)にこもり体が冷たくなったことを思い出します。今思えば,その当時にすでにオートノミック・コンピューティングのソフトウェアを開発していたわけです。

 同じ部署に配属された同期入社の女性は10人ぐらいでしたが,仕事で男女の区別はありませんでした。例えば,私が携わっていたシステム管理のプログラムは,通常の勤務時間帯ではテストを実施できないため,深夜0時にコンピュータセンターに集合して実施しました。夜中にコンピュータルームで一人きりでいるといったこともよくありました。

 そんな仕事漬けの日々を過ごしながらも,入社3年目に結婚することになりました。しかも結婚と同時に夫が英国へ転勤することになったのです。仕事が面白くなってきた時期でもあり,私は夫と共に英国に行くべきかどうか悩みました。上司に相談したところ,「1年休職してはどうか。英語力を身に付けに行くと考えれば,キャリアとしてはマイナスとはならない。行ってくればいい」と,背中を押してくれたのです。

 1年間の英国での大学の学生兼,専業主婦生活は楽しいものでした。子供も生まれ,英国の生活にも慣れて,充実した日々を過ごしました。

仕事に没頭,入社10数年でマネジャーに

 女性が仕事を続けていく上で,最初の障壁となるのが結婚です。同期入社の女性の多くは,結婚を機に退職しました。私も入社前は,仕事をしながら,結婚して子供を育てるのは難しいと思っていました。

 そんな時,ある知り合いの女性から「結婚と仕事,どちらかを選ぶのじゃなくて,両方やればいいじゃない」と言われたことがありました。この一言が,「なんだ,欲張りでいいんだ」と,考えを変えるきっかけになりました。ありがたいことに,私の夫は家事を“協業”してくれるし,料理もできる人です。夫の両親も支援してくれ,非常に助かっています。

 さて,1年間の休職から復帰し,元の部署に戻りました。それから3カ月後,ソフトウェアの日本語化を支援する部隊へ異動。ここでオブジェクト・テクノロジに携わることになります。SmalltalkやC++の日本語ライブラリの設計や開発環境の構築などを行いました。

 次いで大和事業所に移り,オブジェクト・テクノロジーのフレームワークであるサンフランシスコ・プロジェクト,eCommerceのプログラム開発・サービス支援に携わることになりました。子供が3歳になり,少し手が離れるようになってからの数年間が一番,男性に負けないように肩肘張ってがんばった時期だったように思います。入社10年目を迎える頃,マネジャーに就任しました。1年のうちの3分の1から2分の1の期間を海外出張に出かけるほど,ハードに仕事をこなしました。

 そんな私に,大きな転機がやってきました。入社当時から一貫して,ソフトウェア開発のキャリアを積んできた私ですが,一転してパーソナルシステムズのリサーチ部門(東京基礎研究所)への異動が決まります。マネジャーであり,その上,ハードウェアが主なコンポーネントであるPCの研究をやることになるなんて,まさに青天の霹靂です。異動を告げられてから1週間はとてもつらく,思い悩みました。(第2回へ続く)



【澤谷由里子氏の略歴】

1987年,日本IBMに入社。ソフトウェア開発,アジア・パシフィック・テクニカル・オペレーションのストラテジー部門を経て,東京基礎研究所に異動。IBM T.J.ワトソン研究所での勤務を経て,サブストラテジスト,リレーションシップ・マネージャを担当。2005年,IBMビジネスコンサルティングサービスへ出向し,オンデマンド・イノベーション・サービスを担当。現在,サービスの現場においてモデル・ドリブン開発手法の適応,ビジネス・バリュー・モデリング,及びイノベーション・マネージメントなどサービス・サイエンスの研究に従事。