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 月刊アスキーが新装刊された(月刊アスキーのWebサイト)。ビジネス誌なんだそうだ。私が月刊アスキーと出会ったのは1981年夏,大学1年生のときだった。当時,アスキーには「自分たちがパーソナル・コンピュータ文化を創るのだ」という気負いがあった。読者にも,そういう気持ちが多分にあった。私も,長文の意見を投稿し,何度か採用された。

 無理矢理Windowsに結びつけると,Windows 3.0を導入したのは,数年後,アスキーの記事を読んでからだ。当時のWindowsには,それほど多くのアプリケーションはなかった。また,WindowsアプリケーションとDOSアプリケーションは明確に区別されており,DOSアプリケーションをWindowsから直接実行できなかった。いったんコマンド・プロンプトを実行し,そこから間接的に起動する必要があった。それでもWindowsを導入したのは,タスク・スイッチャーとしての使い方に期待したからだ。

 1980年代から1990年代半ばまで,要するにWindows 95が登場するまでのPCには,わくわくさせられるものがあった。しかし,冷静に考えてみると,わくわくしたのは「実現可能性があるけど,今はできない」という事情のせいだったのかもしれない。一通りのことができるようになってしまうことで,PCは単なる道具となってしまった。

 ビジネスとしては正しい姿である。余計なことに煩わせず,目的達成の道具としてPCを使えるのは喜ばしいことだ。現在,既に,PCを使うことが目的ではなく,PCを使って何をするのかが問題になっている。月刊アスキーが「パーソナル・コンピュータ総合誌」でなくなったのも時代の流れであろう。PCは何でもできる。総合的に扱うのが難しくなってきたことは理解できる。

 マニアとしては少し寂しい気もする。しかし,あまり悲観はしていない。例えばカメラ。今どきのカメラは,適当にシャッターを押せば一応の写真が撮れる。しかし,マニア層は確実にいる。今でも多くのカメラ雑誌があって,それなりに売れているようだ。

 カメラ・マニアには,写真を撮る手段としてカメラを使っている人と,カメラ自体が趣味の人がいる。昔から「カメラ・マニアの写真下手」とか「趣味はカメラで写真ではありません」などと揶揄されるくらいで,写真よりも機材が大事という人も多い。こうした事情を反映して,カメラ雑誌を見ると,写真集的なテイストを持ったもの,機材中心の編集をしているもの,撮影テクニックを中心に紹介しているもの,様々なスタイルがある。

 PCについても,PCを道具として扱う雑誌,PCの使い方を扱う雑誌,そしてPCそのものを扱う雑誌があっていいと思う。月刊アスキーはPCを道具として扱う雑誌を選んだだけのことだ。アスキーで育った世代にとっては寂しいが,やむを得ない。PCそのものを扱う雑誌もあるので,それを読むことにしよう。

 ところで,現在のPC誌には,1980年代に見られた「新しい文化を作ろう」という気概は見られない。しかし,もう少し視野を広げると,インターネット上のブログやSNSなどで,様々な試みがされている。新しい文化はこうしたところから登場することになるだろう(雑誌の出番はもうないかもしれない)。