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日本IBM 東京基礎研究所 Innovation Informatics マネジャー 澤谷由里子氏
 日本IBMに入社して10数年,一貫してソフトウェア開発に携わってきた私にとって,パーソナルシステムズのリサーチ部門への異動は,まさに青天の霹靂でした。ソフトウェア開発から一転,ハードウェアを中心としたリサーチ部門のマネジャーになるのですから。このようなキャリアパスは,IBM社内でも珍しかったように思います。

1週間,仕事が全く手につかない

 異動の辞令を受けて1週間は,仕事が手につかないぐらいに悩みました。不安のあまり,自分の帰る場所を確保しておきたかったのでしょうか,「またソフトウェア開発に戻ってくるかもしれませんので,よろしくお願いいたします」と,元の上司に話した記憶があります。

 するとその上司は,「そんな考えは捨てなさい。新しい部署に行くときは,骨を埋める気持ちで行かないとダメだ」と厳しい言葉を下さったのです。それを聞いて私は,不安や迷いを吹っ切ることができました。「新しい部門で骨を埋めてやる」と,気持ちを切り替えることができたのです。

 実はこの人事異動は,当時の会社の戦略に照らし合わせれば,非常に理にかなったものでした。当時,パーソナルシステムズのビジネスは,単にハードを売るだけではなく,ソフトウェアを組み合わせてソリューションを提案するサービス・ビジネスへの転換を図っていました。

 一度,覚悟を決めたら,もう迷いはありません。新しいことに取り組めることへの期待感さえ抱くようになりました。あのとき,上司から厳しい言葉をもらってよかったと感謝しています。

新しい部門の研究者の前でプレゼン,成功が自信に

 リサーチ部門に異動して間もない私に与えられた使命は,「オートノミック・クライアントの新しい研究提案をせよ」というものでした。期間はわずか3カ月。早速取り掛かろうと,まずはディープタイプ(課題について深く研究するための組織を作り,議論する)を行うことにしました。

 ディープタイプでは,グローバルなリサーチ部門から専門メンバーを任命します。世界各国にいるメンバーたちと,約2カ月間にわたってテレコンで意見交換し,ようやく提案をまとめあげました。これを各国の研究者が集まるストラテジー・ミーティングで発表することになったのです。

 3月に開催されたストラテジー・ミーティングは,多くの研究者が集まる大規模な会議です。それまでも,百名以上の聴衆の前で英語でプレゼンすることはよくあったので,普段の私なら平気なはずでした。しかしこの日ばかりは,異動して初めて,しかも新しい分野の専門家たちを相手に講演するという大仕事であり,ひざがガクガクと震えました。

 「これだけの舞台が用意される。リサーチ部門はそれだけ期待されている部門なのだ」。私はこうして自分を奮い立たせ,プレゼンを成功裡に終えることができました。この成功によって自信を持つことができ,一層積極的に新しい分野に取り組むようになったのです。

 パーソナルシステムズのリサーチを数年間行った後,今度はODIS(オンデマンド・イノベーション・サービス)のマネジャーとして,IBMビジネスコンサルティングサービスに出向することになりました。そして現在は研究所に戻り,サービス・ビジネスへ貢献するための研究に携わっています。

長期的視野でコアスキルを身に付ける

 これまでのキャリアを振り返ると,入社時に思い描いていたものとは,かなり違った道を歩んでいるように思います。ソフトウェア・エンジニアリングのスキルを一貫して伸ばしたいと思っていましたが,実際には様々な部署を経験することになりました。しかしそれが,結果的に私にとって非常に良かったと考えています。

 異動をマイナスに考えるのではなく,どのような仕事にも前向きに取り組み,チャレンジすること。今,私が面白い仕事に携われるのも,そうした経験を積み重ねてきたからこそと実感できるのです。

 一方で,長期的な視野で自分のコアとなるスキル(ロングターム・スキル)を身に付ける努力が必要です。私のロングターム・スキルは,オブジェクト・テクノロジによるモデリング技術です。元々,ソフトウェア開発に携わっていた時に出合った技術ですが,今ではビジネス・モデリングにこの技術を応用しています。

 仕事の変化のため同じエリアの技術を深めることも難しいこともありました。今から思えば,社外のコンファレンスや学会に出席したり,コミュニティに参加したりすることにより,継続した関係を持つべきだったと思います。

大学と社会との架け橋になる仕事を

 キャリアを高めていく中で,一つの転換期となるのは部下を持つことでしょう。私は入社10年を過ぎた頃にマネジャーになりました。自分自身の中で,まだまだソフトウェア開発の第一線を走っていたいと思っていたので,昇格はしたものの内心は複雑でした。

 何でも自分でやってしまうと,部下は育ちません。そこで,意識的に,部下にできるだけ任せることにしたのです。最初はいろいろと気になることもありましたが,「成果だけを評価しよう」という気持ちに切り替えました。いい距離感を保とうとしたのです。

 そのうちに部下が伸びてくると,若い世代のパワーを実感しました。また本来,自分がマネジャーとしてやらなければならないこともわかってきました。マネジャーの仕事は,メンバーのアウトプットを最大にし,事業に貢献できるような環境づくりをすることなのです。

 現在,私はサービス・サイエンスの数々のプロジェクトに取り組んでいます。特に,市場のニーズ(お客さまが本当に求めていること)に対して,特にサービスのエリアに於いて 企業・大学の研究がどのように貢献できるのか,ということに興味があります。社内でサービス・サイエンスのコミュニティ オブ プラクティスをサービス部門と研究所のメンバーを中心に開始し,その中でも議論をしています。

 今年になり再び大学に通い始めました。今後,企業及び大学でプロジェクトを立ち上げ,社会との架け橋となるような仕事をしたいと考えています。

【澤谷由里子氏の略歴】

1987年,日本IBMに入社。ソフトウェア開発,アジア・パシフィック・テクニカル・オペレーションのストラテジー部門を経て,東京基礎研究所に異動。IBM T.J.ワトソン研究所での勤務を経て,サブストラテジスト,リレーションシップ・マネージャを担当。2005年,IBMビジネスコンサルティングサービスへ出向し,オンデマンド・イノベーション・サービスを担当。現在,サービスの現場においてモデル・ドリブン開発手法の適応,ビジネス・バリュー・モデリング,及びイノベーション・マネージメントなどサービス・サイエンスの研究に従事。