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富士通研究所 ITコア研究所 主管研究員 山本里枝子氏

 私は,富士通研究所に入社して7年目の1989年に長男を出産しました。翌年(90年)の4月に富士通の育児休暇制度はスタートしたのですが,私は4カ月前の89年12月に出産したため,育休制度の対象になりませんでした。

 しかし,当時の上司(私をリクルーティングして下さった先輩です)が,研究所の役員のところに私を連れていき,「4月までは休みがちになりますが,その後,復帰します。よろしくお願いします」と,挨拶して下さいました。期待されていることを肌身に感じ,とてもありがたかった。上司に恵まれていたから,私は今のキャリアを築けたのだと思います。

学童保育を求めて自宅を引越し

 でもその当時は,気持ちの余裕は全くありません。私が出産した時,研究所には子どものいる女性研究員はたった1人。ロールモデルがあまりに少ないため,「この先どうなるんだろう」と,とても不安になりました。「このまま仕事がなくなるのではないか」と真剣に悩みました。

 90年の4月に復帰してから約2年間は,定時出社・定時退社の生活を続けました。出産前は深夜まで残業することが当たり前だった私にとって,生活スタイルはまさに180度転換しました。

 復帰すると言っても,容易なことではない。保育園選びもその一つです。当時,私たち家族が住んでいた横浜市周辺には,乳児保育を会社の帰社時間まで行なっている保育園がなかったので,会社のある川崎市に越境入園するしかありませんでした。

 無事,保育園が決まったと喜んだのも束の間,そこは3歳児までしか預かってくれないため,小学校に上がるまでの3年間を過ごす別の保育園を新たに探すことになりました。そこで通勤の沿線で保育園を探し,朝,途中下車して保育園に子供を預け,帰りにまたピックアップするという生活を続けました。小学校に上がる際には,学童保育に通わせるために,わざわざ家を引越しました。

 また,時間内に仕事が終わらないときは,家に持ち帰ってやるのですが,子供の世話をしながらではなかなかはかどらないものです。

 こうして子供中心の生活をしながら,仕事を続けるための時間と環境を確保する努力は,子供が大きくなるまで10年以上続きました。

幸せと不安が交錯する

 子育てはとても楽しいものです。何かつらいことがあっても,子供の顔を見ると吹き飛んでしまいます。この頃の私は,子供のいる生活に幸せを感じる半面,仕事の上では先が見えない不安から暗澹たる気持ちでした。

 研究所の中で子供のいる女性研究員の先輩は一人。他の部署でロールモデルを探そうにも,今のように社内ネットワークが充実しているわけではないので,なかなか欲しい情報は入ってきませんでした。「この先,どんなキャリアが築けるのだろう」──不安ばかりが先行しました。

 私が悩んでいた15年ほど前と比べると,現在は大きく状況が変わっています。もともと富士通は女性にとって働きやすい環境をいち早く取り入れ,実践してきた会社です。出産・育児支援制度も早い段階から導入し,拡充してきたので,今では結婚はもちろん,出産で退職する女性はあまりいません。

 また,労働組合は保育園や公的サービスについて詳細な情報を提供し,子育て中の社員を支援してくれます。社内ネットワークも充実し,他部署の女性社員が仕事や育児にどのように取り組んでいるかがわかるので,大変参考になります。同じような困難に直面している女性社員がどのように対処したかを見るにつけ,とても勇気づけられる思いがします。

 育児が大変なのは,会社よりもむしろ行政の対応が遅れているからではないかと感じています。産休明け保育の入所定員が圧倒的に不足しているし,病児保育,とくに回復期の子供を預かっていただける態勢をぜひ整えてほしいと思います。

 学校行事になかなか参加できないのも母親の深刻な悩みです。授業参観や保護者会の開催時間をもっと柔軟にしてほしい。米国では,学校の保護者会には夫婦での参加が原則で,面談などは夜間に行われるといいます。保護者が職業人であることを前提とした対応を少しずつでも進めてほしいと思います。

マネジャーの2つの顔

 女性は仕事と家庭を両立しなくてはならないのに,マネジャーになって部下の管理までするのは難しい――と,昇進に二の足を踏まれている方はいないでしょうか。だとしたら,ぜひ思い切って新しい可能性に挑戦していただきたいと思います。

 私は今,ITコア研究所の管理職であると同時に,事業部(富士通コーポレートIT推進本部)の管理職としての役割も担っています。事業部で取り組んでいるのは,ビジネスプロセスモデリング技術の社内展開と外部むけのソリューション。事業部では,開発した技術が製品としてお客様に提供されるところまで責任を負う立場となりました。製品の品質を高めることは,私の重要な使命です。

 これに対し,研究所では新規技術の開発が主な役割です。マネジャーとして担当する研究テーマごとにチームを編成するのですが,個々のメンバーは一つの研究テーマだけではなく,複数のテーマを抱えています。従ってマネジャーとしては,各メンバーの能力をうまく引き出すためにマイルストーンを設定したり,場所を与えたり,支援したりすることが求められます。

 研究所と事業部の両方のマネジャーを兼務するのは大変ですが,研究所で開発されたコア技術が,会社全体で活用される様子を間近で見られる楽しみがあります。企業研究者の醍醐味と言えるでしょう。

石の上にも3年,毎日の積み重ねが大切

 私は出産して間もなくは,キャリアの先行きが見えないことに不安になりましたが,それでも毎日の仕事を続けていくことで,未来が見えてきました。

 最近,とてもうれしかったことがあります。3年前から取り組んでいるビジネスプロセスに関する技術が,この度,全社プロジェクトで使うことに決まりました。「石の上にも3年」という言葉がありますが,まさに3年間の研究成果が実ったのです。

 「石の上にも3年」は,私の人生哲学の一つです。毎日,少しずつでも続けていくことによって,仕事上のスキルや経験,そして家庭の幸福は大きなものになっていくと信じます。

 最後にもう一つ,私の好きな言葉を紹介します。「3人寄れば文殊の知恵」と言いますが,チームで仕事をすることの重要性を常に意識するべきと思います。自分1人では考えがまとまらないことでも,他の人に相談したり議論したりすると方向性が見えてくる。自分の考えをチームに表明し,メンバーと話し合うことで問題を解決するというやり方を心がけたいと思います。



【山本里枝子氏の略歴】

早稲田大学理工学部卒業後,富士通研究所入社。ソフトウェア工学の研究開発に従事し,コンポーネント,ソフトウェアパターン,テスティング, ビジネスプロセスモデリング,サービス指向開発等を担当。富士通本体のコーポレートIT推進本部の部長も兼務し,内部統制に対応したビジネスプロセスモデリング技術の開発を推進している。