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 これまでいろいろなオフショアプロジェクトをやりましたが,その中でいくつかの大失敗を経験しました。今回はその一つの教訓的な事例についてお話しします。

 それは顧客情報システムの開発をベトナムに委託したときのことでした。オブジェクト指向の新技術を活用する開発テーマで納期も短かったため,まず優秀な技術者3名を選んでオンサイト開発を担当させました。当初は詳細仕様が決まっていなかったので,オンサイト技術者が顧客のところでFact to Faceで詳細を確認して,イテレーションで成果物を逐次確認しながら開発を進めました。4ヵ月後,最初の開発テーマを無事計画通りに完了することができました。

 私は,開発プロセスと現地技術者の教育もある程度できたので,これならオフショアも大丈夫と経験的に判断し,次のテーマをオフショア開発することを決めました。それはデータベースにデータを登録し画面で入出力して指定帳票にアウトプットするシステム開発であり,画面数100以上,総開発工数およそ20人月の規模でした。ベトナム側責任者より,同様の開発テーマの経験を有するプロジェクトマネージャに責任をもって対応させるとの提案がありました。

一度成功したから次も成功するとは限らない

 要求仕様は比較的簡単,技術的難易度は高くない,現地の開発責任者も経験ある人材――という好条件が揃いました。さらに念のためオフショア進捗管理のため,3ヵ月間,経験ある日本人プロジェクト責任者を現地に駐在させることに決めました。私はこれだけ手はずを整えたのだから本プロジェクトはうまくいくものと考え,管理をその責任者に任せ,すっかり安心して別の重要プロジェクトに取り組みました。

 それから3ヵ月後,現地に駐在していた日本人責任者と日本からのプロジェクト関係者も加わり,成果物レビューが行われました。出席者がそこで見たのは信じ難い状況でした。成果物はバグが多く完成には程遠い品質レベルのものでした。日本側責任者はそんなはずはないと自分の目を疑い,そして「一体どうなっているのだ!」と怒り出しました。

 このプロジェクトには,実際様々な問題がありました。問題発生時,日本と海外の両方のプロジェクト関係者に原因を聞いたところ,一様に「何が原因でこのような大問題になったのかわからない」との回答が返ってきました。各人がそれぞれの役割は果たしており自分には問題がないと考えているようでした。

 しかし私はどこかに何らかの問題があるはずだと考え,納得いくまで調べることにしました。そして関係者の一人ひとりから,プロジェクトの経緯,仕様書,コミュニケーション,人材,組織のすべてにわたりヒアリングしてレビューしたのです。

 まず最初に気になったのが,海外側ではどのような仕様書をベースに開発したのかということでした。当初,日本から日本語仕様書を提出し海外側で翻訳することになっていたので,翻訳された英語の仕様書を見てみました。すると読んでも意味がわからない個所が多くありました。さらに元の日本語の文章を調べてみると,システムを理解している人が読むことを前提に多くの省略的表現が使われていました。私はこれでは問題が発生すると思いました。

 すべてのヒアリング完了後,調査結果を時系列的に並べて,問題発生の状況や原因を調べた結果,初めて様々な問題が重なって大きな問題になっていることが理解できました。

 要約すると,初めに日本側が仕様書を渡し要求仕様を十分説明したつもりでしたが,現地側には完全に伝わっていませんでした。仕様変更が散発的に送られ,現地側の理解がさらに遅れていました。両側の責任者の性格や行動パターンも影響し,海外側と日本側とのコミュニケーションがうまく行われませんでした。オフショア状況が正確に把握されず,そして開発プロジェクトが適切にマネジメントされておらず,その上に日本側から「上から押さえつける」対応があったため,問題発見の糸口もつぶれていたのでした。

 私は状況打開のため日本側責任者を交代させ,現地技術者の信頼が厚く現地事情にも精通した別の日本人コーディネータをベトナムに2ヵ月間派遣しました。さらに,現地側でもプロジェクト経験の豊富な別のプロジェクトマネージャをアサインしてもらい,人間関係のよい2人をペアにして不具合を1つずつチェックさせました。両名を核にしたプロジェクトメンバの協働作業により,初めに現行ソフトを修正するレベルの短期対応を行いました。そして,大問題を発見してから6ヵ月後,ソフト全体を再構築する長期対応を完了させることができました。

「なぜ失敗したか」を徹底して追究

 危機を乗り越えたものの,あまりに無駄な労力,費用の損出,事業機会の喪失,モチベーションの低下などのマイナスの結果に悔いが残りました。そして今後のオフショア改善と開発プロジェクトについて検討したところ,状況は以前より難しくなっていました。

 失敗が海外オフショアに否定的な波紋を起こし,次のプロジェクトの話は中断してしまいました。日本側関係者はその失敗に懲り,それがトラウマとなって,もうオフショアプロジェクトはやりたくないと考えるようになっていたのでした。

 それに比べて,海外側技術者がケロッとしてあまり気にしていない様子だったので,なぜこのような冷めた雰囲気になっているのかと私は疑問を感じました。一般的に海外の人々は日本人ほど精神的にデリケートではなくドライな傾向はありますが,これでは冷え過ぎているように感じました。

 今回の問題をまとめると以下のようになります。

◎日本側の問題:
1.仕様が簡単であったので日本側は短い説明で相手側がわかったつもりになった。初めての開発テーマとしては提供ドキュメントに問題があった
2.仕様変更が発生しその内容を散発的に現地に連絡した
3.現地駐在の日本人責任者は効果的にコミュニケーションできず機能しなかった
4.日本側が高圧的姿勢をとったので,現地技術者が萎縮し形式的に対応した

◎現地側の問題
1.開発に関わるマネジメントが弱かった。それまでのプロジェクトでは技術者のスキルに救われてマネジメントの弱さは露見していなかった
2.要求仕様及び仕様変更の理解が遅れた。形式知と暗黙知の移転に問題があった
3.ドキュメント翻訳の品質が悪かった。原文そのものの問題に加えて,理解できない部分が適当に翻訳されていた
4.受身的対応をとった。日本側との一体的協働ができていなかった
5.駐在日本人責任者とうまくコミュニケーションできなかった

 プロジェクトがうまくいっているときには,上記のような問題は水面下に隠れており気づきません。どこかの時点で,誰かが問題に気付き適切に対応すれば問題は解決できたと思います。しかしこのケースではそれらをチェックできずに最悪の局面にまで進んでしまいました。

 これまでは日本人責任者が問題に対応し解決できていましたので,「なぜスキルや経験のある彼が,今回に限って現地でうまく機能しなかったか?」という大きな疑問が沸きました。調べていくうちに,人間はある環境(外部環境と内部環境)に置かれた場合にはうまく機能するが,異なる環境になるとうまく機能しないケースがあることがわかってきました。このことは後の最適人材の選定と最適組織の構築に大きな教訓を与えました。

適材適所と包括的なマネジメントが重要

 今回の判断および対策は正しかったと確信しています。しかし,問題の消火に大きな労力を費やすよりもっと前向きに防火型の対策はとれないものだろうかと考えました。

 日本企業では,このような問題発生や失敗発生を担当者個人の責任に帰するケースが多いですが,私はそれは間違いだと思います。うまくいかないとか,失敗するケースには一定のパターンがありますので,それらを考慮し,失敗しないようにそして成功させるようにマネジメントする枠組みが必要だと思いました。

 そこで,開発要素・技術課題・プロセスなどに関する開発マネジメント,調達計画・契約締結などのビジネスのマネジメント,さらに人材評価・最適組織・モチベーションなど人材のマネジメント,起こりうるリスクのマネジメントを包括的に進めました。

 それまでは,オフショア開発を実行する人材や組織について,現地側からの提案を鵜呑みにして受け入れていました。しかし今回の問題が起きてからは,プロジェクトがスタートする前に,開発計画のレビューに加えて,海外側の責任者やリーダー,核となる技術者に必ず直接インタビューし,日本側の人間からの意見も聞くようにしました。そして性格などの先天性,知識スキルなどの後天性,そして責任の受容性などの性格態度について分析し,人材の強みと組織としての機能を発揮できると判断した時のみ,プロジェクトをスタートさせることにしました。

 そしてさらに,日本市場の要求への柔軟な対応,すなわちアジャイル的プロセスも採り入れて,(1)仕様が比較的決まっているプロジェクト,(2)仕様が未確定で機敏な対応が要求されるプロジェクト,(3)日々綿密な進捗確認が必要なプロジェクト――などを判断し,実行しました。

 こうした取り組みによって,現地側と日本側との人間関係やコミュニケーションもよくなり,以前より格段によい成果物が生み出され顧客の満足度も向上しました。小さな問題はあるものの早期に発見して対策することができるので,改善効果を実感しています。

 中には,人材と組織面でOKと判断できずスタートしなかったケースもあります。海外オフショアの要素は国内開発の場合よりも多岐にわたり,多くのリスクが潜んでいます。オフショア開発を勝算があるようにして進め,失敗が予期されるような場合はやらなかったという判断は正しかったと思っています。

 これまでの経験による包括的なマネジメントのポイントは下記のとおりです。
1.技術とビジネスを分けたマネジメント
2.調達マネジメント契約マネジメントリスクマネジメント
3.機械的発想より人材的発想,最適人材の調達と最適組織の構築
4.日本市場に機敏に対応するアジャイル的プロセス
5.オフショアリングを軟着陸させ定着させる変革マネジメント

 これまでのプロセス重視のアプローチに固執せず,日本的やり方のよさも生かして,海外と日本の両側で,意思疎通のよさと開発の成果を共有できるような新しいオフショアリングのやり方を考える時期に来ていると思います。


小さな建物が立ち並ぶホーチミン新市街。軒の連なり方は新市街も旧市街と似ている。じっと見ているとベトナムが少しわかったような感じになる
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