PR

 前回は、同社内部における情報共有のしくみについて述べた。あるエンジニアの言葉(入社以来一度も仕事内容について上司から指示されたことはなく、いやになればプロジェクトを去るのも自由)を最後に引用した。

 「2000名超のエンジニア組織で,ここまでの裁量を与えてしまってカオス(混沌)が生じないのは一体なぜなのか。」これが今回の問題意識である。情報共有のもたらす効果について、何回かに分けて考えてみる。

 また、日本の企業に何かしら示唆を与えるものはないのか、移転や学習が可能な考え方があるとすれば、それはどのような条件の下でなのか、ということも念頭に置いておこう。

 問題意識を改めて記述すれば、2000名を超える技術者集団が新たな製品やサービスを創造し続ける上で、いわゆる業務分担がすべて自発的な意思のみに基づいて行なわれ、上司による指示や人材配置がなされない。しかし結果としては高い効率と効果が実現しているのはなぜか、ということである。

 はるかに小規模なベンチャーであれば、階層構造のない少数精鋭のプロ集団による全力疾走で、まさにscrappy & entrepreneurial(活性の高い血気盛んな状態、リアルタイムにことの良し悪しを判断して疾走する感覚)という状況が実現するだろう。しかし2000名超という規模で考えると、やっぱりそこに秩序の形成による制御が必要だろう、指揮命令という機能が必要なのでは、と考えたくなる。

 しかしそうした伝統的な階層型統治を排除するマネジメント政策が「完全な情報共有の制度化」と「ハッカー倫理の温存」()ということになる。ハッカー倫理とは、「リナックスの革命 ―ハッカー倫理とネット社会の精神」(ヒネマン2001)に詳しく、「ウェブ人間論」(梅田望夫2006、p195-196)では「ハッカー・エシックス(hacker ethics)」として次のようにまとめられている。1)自らの創造性への誇り、2)好きなことへの没頭を是とする、3)報酬よりも称賛を大事にする、4)情報の共有を大変重要なことと考える、5)やや反権威的。上記のような特徴を持つ一種の気概のようなもの。

 ハッカー倫理とは、オープンソースコミュニティの根幹を貫く価値観であり、グーグル社内では、それを営利企業内の開発組織コミュニティに温存し、結果として共有された価値観やプログラマー組織としての秩序が生じている。

 伝統的な階層型統治構造の下では、組織の各部署・構成員に対し、全社目標の中で果たすべき役割が細分化されて設定され、上位の権威者から付与される。またそれらの役割がすべて足し合わさって初めて全体が完結するので、ここに各人の役割責任を特定し固定する必要が生じる。

 一方グーグル社内では、個々のエンジニアが自分自身の能力を最も効果的に発揮できる役割を自分で探し出し、自分の興味関心の充足度も最大化しようとする。これによって高度な適材適所が自発的に実現する。能力の評価は本人が最も正確に行なえる、という信頼が同社マネジメント層にある。また、前回までに述べた情報共有のしくみが、この本人主体の仕事の決め方でも威力を発揮する。グーグルレジュメやWeekly Report等の媒体により、誰がどこでどのような領域の開発を行なっているかが全員に共有されているからだ。自分の能力が最高に活かされる場を自分の力で発見でき、そこに容易にアクセスできる。

 逆にそのプロジェクトに熱意を失えば、いつでも抜けて他のプロジェクトに移ることも許されている。「優秀なエンジニアが興味や熱意を失うということは、そもそもそのプロジェクト自体がものにならないか、たいしたことがない、ということの証左だ」(インタビュー回答)という考え方である。こうしてプロジェクトは上位の権威者による撤退意思決定などとは無縁の状態で、自然に淘汰され、最も筋のよいプロジェクトが有力エンジニアを吸引し続け、彼らの熱意を喚起し続けていく。結果として、そのプロジェクトは存続し、人材最適配置と各エンジニアの高い動機付けが両立することになる。

 高い動機付けを維持するのに一役買っているのが、同社の評価制度である。あるプロジェクトマネジャー(元プログラマー)の一言がその精神を象徴している。「エンジニアにとって、技術のわからない上司に評価されることなんて真っ平ごめんなんだ。だから自分の技術をよく理解している同僚の評価が重視されてる。これが一番納得できる。自分も他のエンジニアも。」自己評価が約5割、同僚による評価が約5割、少々プロジェクトマネジャーによる調整の余地がある程度、ということだ。

注)ハッカーとはプログラミングを心から愛する人々を指す。他者のシステムなどに侵入する悪意のプログラマーはクラッカーと呼ばれる。