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 前回のエピソードでは、「交渉力向上のための訓練」の基礎を岡田に教えました。

 ITエンジニアに限らず、どんな仕事をしていても交渉の機会は多いはずです。「顧客の無理な要求を断ったり」、「上司や部下を説得して動いてもらう」など、多くの場面に交渉事が絡みます。そして、交渉が強い方が仕事は上手く進みます。なぜなら「自分が考えた戦略的シナリオ」に誘導していくことができるからです。

 今回の販社との仕事も同様です。だから、私は、岡田、坂本に「交渉力」を身につけてもらう必要がありました。彼らには「断る」、「頼む」、「説得する」、「動かす」といった他人の行動制御(ヒューマンマネジメント)を操れるようになってほしかったのです。

 そこで私は、彼らに質問をしながら考えさせ、「交渉とは何か、どうしたら上手くできるか」を教えるようにしていました。

「上手く断る」ための要素

 今回も岡田との話しです。岡田とは、前回の話(交渉力向上に役立つ訓練)以降も、よく交渉術について考えてもらうようにしていました。基本的に、私がいくつかの質問をして、彼に考えてもらい、考えた結果を評価していました。

 しかし、最初の頃は、岡田はよく質問に答えることができず苦しんでいました。岡田に限らず、普段タフな交渉をしていない人は、「どうしたら上手く交渉できるか?」という質問に答えることができません。

 脳は、普段考えていないことに関するテーマを与えられて、すぐに解答を出せるほど便利にできていません。普段から考えていないと、よい考えは浮かばないのです。だからこそ、常に自分にテーマを与え、考え続ける必要があります。

 そこで、私は、時間を見つけては、頻繁に岡田に質問し、テーマを与え、彼に考えるように仕向けていたのです。

芦屋:岡田、いいかい・・・立場の強い人から何かを依頼されたが、自分は断りたいと思う。でも、単純に断ると、これからの仕事がやりにくいし、仕事を回してくれなかったり、デメリットを受ける危険性がある。かといって、要望をそのまま受け入れることは無理。こんな場合は、どんな断り方をすればよいか・・・君の考えを聞かせてくれないか?

岡田:・・・それは、難しいですね・・・すぐには思いつきませんね・・・立場の強い人ですよね。お客さま、取引先の販社とかですね。今回のケースのような・・・

芦屋:そうか、では、質問を変えよう。岡田が誰かに何か仕事を頼んだとしよう。その人が君の依頼を「すみません、いろいろ仕事があって厳しいです」断ってきた。君は、どのように感じる?

岡田:それは、いい気がしませんね。「いろいろあって・・・」とは何なのか、はっきり知らせてもらえないと、納得できないですよ。

芦屋:そうか。理由があれば納得できるんだな。ならば、こういう理由ではどうか?「時間が足りないので、できません」

岡田:それは、頭にきますよ。「時間がないので・・・」なんてのはふざけるなって憤りますね。

芦屋:そうか。では、「この依頼は意味がないから止めたほうがいいです」、「もっと違うやり方がいいので、もっと別の依頼をしてください。」というのは?

岡田:考えたことを否定されるのはもっと腹が立ちますね。

芦屋:ということは、君が思うよくない断り方というのは、「理由がない」であったり、「理由があっても、納得感がない」、「自分の考えを否定する」ような理由ということでいいんだな。

岡田:そうか、そういうことになるかも知れませんね。

芦屋:正解だよ。いいか、人は、こんな断り方をされると腹を立て、不信感を持ってしまうんだ・・・だから、断る場合には、相手が「納得できる理由」がいる。そして、相手の要望を「否定をしない配慮」をするというのが必要になるんだ。当然、他にもいっぱいあるが、これはまた考えていこう。ちなみに、ユーザー側の担当者がITエンジニアの「断り」に腹を立てる場合は、大体、「納得できない理由」が絡む。ITエンジニアが断る場合に使う、「リスクがあります」、「時間切れです」、「コストが足りません」、「品質的に保障できません」、「システムはデリケートで難しいんです」などは、ITエンジニア側の立場から言えば、「当たり前の理由」かもしれない。でも、ユーザ側・発注側から見れば、非常に「腹の立つ」理由なんだ。僕は、長いことユーザ側でシステム調達を担当していたからよく分かる。岡田も、こういう理由で断ることがあるんじゃないか?

岡田:それは、そうですよ。だって、そうじゃないですか。

芦屋:君の立場からはYES。でも、ユーザの立場からは絶対NO。つまり、立場によって、スタンス、考え方は違うということなんだ。それを駄目、おかしいといっても問題は解決しない。つまり、上手く断りたいなら、相手の立場・考えを理解し、相手の立場で物を考えなくてはならないということなんだ。

岡田:それは・・・そうかも知れないですね。

芦屋:そう考えると「断る」は難しくないことが分かってくる。まず、相手を否定しないこと・・・NOから入るのではなく、YESから入ること。いわゆる、No Because型の「できません その理由は~」ではなく、Yes But型で、「おっしゃることは分かりました。ただし~」という具合に相手を受け入れて、次第に上手く反論をしていくような形にもっていくことが必要なんだよ。あとは、理由を考えればいい。できるだけ、相手にとって納得感がある理由を一生懸命考えて上手く説明できれば驚くほど「断る能力」は向上するんだ。

岡田:なるほど・・・そういわれれば、そうですね・・・でも、今まで「断る」について、そんな考えたことなかったですよ。

芦屋:まあ、考えなければ能力が向上することはないな。残念ながらそれが事実だよ。でも、問題ない。今日から考えればいい。いつもいつも考えていると、不思議に思いつくようになる。テーマを設定し、ターゲットを絞り、それを考えていくことが必要なんだ。たとえば、相手の立場を知るための考え方は、先教えたように、「自分だったらどう考えるか?」が基本になる。自分が嫌なこと、腹を立てることの逆をやったらいい。そう考えると、「断る」も立派な技術だろう。ちょっと考え方を変えることで、最初、君が答えることができなかった「断る」を非常に簡単に使いこなせるようになるんだ。

 このケースのように、私は時間を見つけては岡田を会議室に入れて、5分くらいこんなことを話していました。この時に私が気をつけていたのは、岡田に「納得してもらう」ことでした。人は納得しなければ、覚えることが難しいですし、何より、納得できないことは行動に移せません。

 そこで、納得してもらうために、考えるためのヒントを与えたり、具体的な事例を使って岡田や坂本に説明するように心がけていました。

 このようなコミュニケーションを頻繁に行うことで、「彼らを育てることができる」と考えたからでした。

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