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 前回は、販社とのハードな交渉に備えるため、部下の岡田に交渉の中でも特に重要になる「断り」の考え方について説明しました。私は、ITエンジニアとしてシステム開発を担当していたときから、「どうしたら上手く、綺麗に、嫌われずに断れるか」ということを考えていました。

誰でも、頼みごとを断れられるのは嫌でしょう・・・この「負の感情」が、ビジネスに悪影響を与えます。特に、顧客や上司のような立場の強い人間が、業者や部下のような下の立場の人間に「断られてしまった」ときの怒り、不満は大きく、負のエネルギーの蓄積に繋がってしまいます。

 そして、この「負のエネルギー」は、何らかの形での報復に繋がることを理解しなくてはなりません。報復は「相手の態度が横柄になる」、「以降の妥協がなくなる」、「失敗した場合の責めが激しくなる」など、大小さまざまな悪影響となるのです。

 当然、断る機会がなければそれにこしたことはありませんが、そんなことは不可能です。仕事をしていく限り、断る機会はたくさんあります。これを上手く行なうか、下手に行なうかで、仕事の成功、不成功のみならず、本人の人事評価、円滑な人間関係など、多くのことに影響してしまうことを認識しなくてはなりません。それほど「断るという行為」は重いのです。

 このように重い行為である「断り」は、ITエンジニアだけに限らず、多くのビジネスパーソンが真剣に考え、身につける基本的能力だと私は思っています。しかし、少なくとも、私が20年近く携わってきた「システム開発の現場」のITエンジニア教育では、体系的に教えることができていませんでした。

 仕事をする上で、最も重要なスキルの一つである「断る」を、しっかり教えることなく、現場に出してしまっているのです。つまり、身を守る方法というか、護身術のような大事なスキルを身につけることなく、ビジネスの戦場に送り出しているわけです。私は、これは、大きな問題だと思います。

 私は、書籍やセミナーを通じて、説得術、交渉術を教えています。特に、「断り」は、詳しいケーススタディを使ってしっかり教えています。それが、ITエンジニアにとって、コンピュータやシステム開発に関する知識、技能と同じように大切なことと考えているからです。

 私のこのような考えは、若い人には好評なのですが、年配・・・特に技術系の仕事一本でやってきた管理職の方には反論を受けることもあります。彼らの主張は、「ITエンジニアの本分は技術である。仕事術を学ぶ時間があるなら、技術を学ぶべきであろう」というものです。

 人の考えは千差万別なので、それはそれでいいと思います。しかし、このような上司の部下は、「交渉術、断る技術、説得術」などの護身術を体系的に指導してもらう機会はないのでしょう。そんな丸腰の部下を現場に行かせてはいけない。というのが私の考えです。

 そこで、私は、部下に、交渉術、断る技術、説得術を徹底的に教え、実につけてもらうようにしてきました。私が、岡田や坂本にこのような技術を教え、育てていたのは、こういう理由があったのです。

「もたらされる結果」と満足は一致しない

 では、次の5分間指導に移ります。今回も、岡田との話です。交渉術の基本について考えていきます。

芦屋:なあ、岡田、「よい交渉とはどういうものだと思う?」

岡田:「よい交渉」ですか・・・当方にメリットが多い結果になるということだと思うのですが、一般的には・・・

芦屋:「よい交渉」では、一回限りではなく、継続して友好関係が続くことが必要なんだ。つまり、立場の強い人が強引に相手に要求を飲ませても長続きしないということ。当事者がすべての満足できる結果になるのが「よい交渉」なんだよ。

岡田:双方満足・・・ですか。それは、それで満足できればよいかもしれませんが、どちらかが立場が強く、どちらかが立場が弱ければ、継続しての「双方満足」はありえないと思います。

芦屋:なるほど、でも、そうでもない。満足は人工的に作れるからだよ。

岡田:人工的に作る? 相変わらず、芦屋さんは変なこと言いますね。

芦屋:そう、満足は人工的に作る。作れるんだ。ここでの中心的な考えは「現実にもたらされる結果」と「満足の高低」はリンクしない場合があるということなんだ。ちょっと分かり難いかも知れないので、よく聴いていてほしい。

岡田:現実にもたらされる結果と満足がリンクしない?

芦屋:そう、たとえば、ある企業A社が、ソフトウェア開発ベンダーB社にシステムを発注して、価格交渉をしたとしよう。発注側の担当者が「もっと安くしてほしい」と依頼した場合に、ベンダーは以下の2つの選択から行動を選ぶとしよう。この2つの結果はまったく異なる。ケース1の150万に値引きは現実には、即答はありえないかもしれないが、説明のためだから気にしないでほしい。岡田はどちらを選択する?そして、ケース2では、どんな効果が期待できると思う?


ケース1:ベンダーは、即答で150万円の値引きを承諾、双方合意

ケース2:ベンダーは、値引きができない理由を説明、1週間かけて、25万刻みで値引きの幅を提示し、最終的に1週間後に75万円の値引きで双方合意。


岡田:B社から見ればケース2、A社から見ればケース1ですね・・・でも、これでは双方満足にはならないですね。A社担当者の立場で考えると、簡単で手間のかからない、高い値引きを引き出したケース1の方が満足度は高いのでしょうね。ケース2の場合は、結果的にケース1よりも、少ない値引きで済んでいる分、B社にはよい結果をもたらしていますが、A社担当者の立場で考えれば、手間がかかって嫌なのではないでしょうか。

芦屋:なるほど・・・それぞれの立場でよく考えているね。一般的に、よい交渉、満足がいく交渉とは、ケース2のことを言うんだ。ケース1とケース2は、ケース1の方がA社によい結果をもたらしているけど、担当者の満足度合いでいうと、ケース2の方が高いんだ。

岡田:そうでしょうか?

芦屋:説明するよ。ケース1は、「お願い⇒すぐ承諾」という形だから、当事者同士が交渉にかけた時間と手間がほとんどない。感動も達成感も低いんだ。一方、ケース2は時間をかけ、当事者同士が手間をかけて主張を交換しながら問題を解決してきた成果が残るから非常に満足度が高い。人は時間をかけた分、手間をかけた分、困難を乗り越えた分だけ満足度があがるため、このような結果をもたらすんだ。さらに、ケース2では、A社担当者とB社担当者に仲間意識が生まれる。

岡田:仲間意識?

芦屋:一緒に問題を解決したという仲間意識だよ。誘拐事件を解決するネゴシエーターの世界でいう「ストックホルムシンドローム」が生まれるんだ。ネゴシエーターが人質と犯人と一緒に食事を作ったり、掃除などをすると、仲間意識が生まれて、犯人が人質を傷つけなくなる。これと基礎理論は一緒さ。それに、人同士が顔をあわせるほど親密になり、好感が高まるという「単純接触効果」もある。そうやって満足を人工的に高めていくことができるんだよ。

岡田:面白いですね。

芦屋:そう、僕はこうやって仕事をしてきたんだ。ITエンジニアはコンピュータ知識も大事。でも、こういうことも非常に大事なんだ。これを岡田に分かってほしいんだ。

 岡田には、5分で「満足は人工的に作れる」という話をしました。交渉について、基礎的な考えを理解して欲しかったからです。

 しかし、私は単にテクニックを教えるだけでは駄目だと思っています。本当に教えたいのは、「仕事に必要な技術を自分で作り出す」ということでした。

 つまり、「仕事を上手く進めていくために必要な技術は自分で作る」という考え方を教えたかったのです。

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